ICT4Dに必要なのはスティーブ・ジョブズか

先日、アフリカの農業分野における携帯電話の活用状況に関する勉強会に参加させてもらった。自分も知らないサービスが思いのほか発展しており、非常に勉強になった。例えば以下のようなサービスがある。

Esoko
アフリカの15ヶ国で市場情報や技術情報などを農民にSMSで配信したり、業者と農民のマッチングをSMSを通じて支援するサービスなどを実施。国によってはSMSだけでなくボイスメールも利用可能。モーリシャスとガーナを拠点とするプライベート・カンパニーが世銀グループのInternational Finance Corporation (IFC) とSoros Economic Development Fund (SEDF)より資金を受けて実施している。

KACE
ケニア農産品取引所(KACE)がケニア、タンザニア、ウガンダで実施するサービス。農民や業者に対して市場情報などをSMSで配信するほか、情報提供用のキオスク設置も実施している。

ECX
エチオピア商品取引所(Ethiopia Commodity Exchange)が実施するSMSや音声での市場情報提供サービス。

ZNFU
ザンビア国家農民連合(Zambia National Farmers Union)が実施する市場情報提供サービス。農民に対するバイヤー情報の提供や農作物の輸送業者とのマッチング支援も行っている。

上記以外にも山ほどこういったサービスがあり、天候情報の提供や、モバイル・バンキングと連携した天候インデックス保険サービスなどもある。

気になったのは各サービスのサステナビリティ。聞くところでは、サービスの多くは援助機関や政府からの資金支援がないと、まだ採算がとれない段階であり、援助からビジネスへ脱皮するには、ユーザ数の拡大など超えるべき課題がある。中には最初はユーザ確保のために無料でサービス提供を開始し、ある一定期間を過ぎたら有料にするといった方法が取られたプロジェクトなどもあるが、有料になったとたんにユーザが激減してしまうという結果になることも少なくない。

話は変わるが、現在改めてICT4Dについて基礎的な本を読んでいる。その中で、(一般的にもよく言われていることですが)「ICT4DプロジェクトはSupply-Drivenじゃいけない、Demand-Drivenじゃないといけません」ということが書いてある。このDemand-DrivenとかUser-Orientedとかが重要ってのは良くわかるが、「言うは易し行うは…」というのが実際のとろだろう。

例えば、上記の農業分野の携帯サービスで考えると、サービスが有料になったら農民が使わなくなるということは、その情報に十分な価値を感じられてないということだ。つまりSupply側が価値ありと考える市場価格とかバイヤー情報とか天気予報とか、そういったものが金を払うほど重要とは思っていない層がいるということ。「じゃ、農民にどんな情報ならお金払ってでも欲しいですか?」とDemand-Drivenなアプローチでいったらどうなるか?サステイナブルなビジネスモデルを実現できるのか?

必ずしも上手くいくとは言えない気がする。理由①上記のようなサービスにお金を払わない人は、そもそもサービスや情報に金で買うほどの価値があるかわからないかもしれない。理由②お金を払ってでも欲しい情報は、今は存在しない情報(今ある情報を分析・加工して精製される新しい情報)かもしれない。理由③払えるだけの金がない。

①    最初の点については、そもそも情報だけでは価値がなく、それを理解してアクションをとるからこそ価値(収穫量増加や利益増など)が生まれるわけなので、情報を理解したり活用したりする能力がないとダメということ。この場合は情報をどう活用するかの啓蒙活動的なことが必要になってくる。さらに、それが出来たとしてもアクションを起こせるだけのリソースもないといけない(例えば、害虫対処方法の情報をもらっても農薬を買うお金がないとか、市場価格情報を得ても価格が高まるまで農作物を保存しておける場所がないとか)。また、天候インデックス保険なんかについては、そのようなサービスの仕組みやメリットを理解する必要がある点もハードルである。モバイル・バンキングがケニア以外であまり成功しない理由の一つに「ユーザがそもそも金融サービスを理解していない」という点があげられるが、それと同様である。

②    二番目の点についてですが、こっちのほうが農業分野に限らずいろいろな分野での根本的な問題の気がする。つまり、欲しいものが何か?と聞かれても、今存在しない物やサービスについては、明確に答えることが非常に困難ということ。依然も紹介したけれど、スティーブ・ジョブズの言葉で、「多くの場合、人々は自分の欲しいものが何なのか、見せるまでわからないものだ」というのがある。農民が有料になったら使わなくなるサービスが多いということは、まだ「本当に欲しい情報」が提供はされてないのかもしれない。iPhoneが販売される前に、ああいう携帯電話が欲しいと言えたユーザはほとんどいなかっただろうに、iPhoneが発売されたら、みんな欲しくなって買っている。ICT4Dプロジェクトにおいても携帯電話の活用とかを考える際には、iPhoneの例ように、今はないけどみんなが欲しがる情報やサービスってのが何かを考えることが大切。TechnologyはInformationを伝達したり、Communicationを促進させるツールなので、TechnologyよりInformationの中身が重要。そして、こう考えてみると、決して「Demand-Driven」がベストなアプローチともいえないなぁと感じます。

③    三番目の点は、本当に難しい。そういう人ほど助けが必要なのに、情報提供サービスを使うだけの余裕がある農家の方がどんどん豊かになって、より格差が開いてしまうということに。なので、そういう層には別のタイプの支援をするしかないということ。ICT4Dだけが援助じゃないってことも忘れちゃいけないです。

と、色々と書きましたが、特に上記②の点が気になっている。ICT4Dのアプローチとして「Demand-Driven」とか「参加型」が良いという話はよくされているものの、本当に必要なのはスティーブ・ジョブズ的なイノベーションなのかもしれない。

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農業

コメント

  1. Kanot Kanot より:

    ③の案に近いのですが、同じ価値を見出しても物価の差が激しすぎるので支払い可能額が決定的に異なるというのがあると思います。物価の差とは先進国⇄途上国という点と、都市部⇄地方部という両方です。
    つまり、とあるサービスの価値を世界中の皆が同じように評価した場合、収入のX%までなら出せると考えるはずです。
    でも例えば日本人の月収の1%は3,000円とかバングラの田舎の人だと同じ月収の1%でも50円とかになるわけです。
    これでは先進国側や都市部から見ると全く商売にならず進出は難しく、先進国価格で買ってくれるドナーを通じて支援するのを試みることになって持続しないということになるというのもあるのではないでしょうか。

    • tomonarit より:

      確かに月収の何%までなら出せるって観点でサービスの妥当な料金を考えると、なかなか先進国企業にはペイできない商売ですね。ちなみに、以前このブログで携帯電話利用料金についてザックリとですが考えてみたので、紹介します。http://ow.ly/jOeK4
      携帯の場合は途上国の方が、月の収入に占める利用料金割合が高いです。先進国よりも途上国で高い料金をとれるサービスもあるかも?と思う一方で、これは先進国のほうがユーザー数が多いから、それだけ一人頭からとるお金が少なくなってるってことかとも思います。

  2. Yuji Ozaki より:

    無料で提供されるのが当たり前のようになっているWebサービスを、いかにユーザーに嫌われないように「対価」をいただいて収益化するか、は古くからのテーマですね。
    参考:そのWebサービスで対価をもらえますか?、クリス・アンダーソンの著作「フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略(Free: The Future of a Radical Price)」などなど。

    tomonaritさんが挙げたスティーブジョブズの言葉は、「You can’t just ask customers what they want and then try to give that to them. By the time you get it built, they’ll want something new.(消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。完成する頃には彼らは新しいものを欲しがるだろう)」と「It’s really hard to design products by focus groups. A lot of times, people don’t know what they want until you show it to them.(製品をフォーカスグループ法でデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ)」ですね。
    移ろいやすい(財布の紐も固い)顧客の興味を負い続けるのは苦しく、存在しないもの・形の無いものを対象とした雲を掴むような話は決して収束しない。しかし、これらの言葉は顧客を貶めるものではなく、「だから難しいよねー」という事前了解であり、「客観性をもった確実にうまくいく方法など存在しない(最後は俺の意思だ!美学だ!)」「うまくいかなかったことを顧客のせいにしない」「だから新しいネタを世に問い続けなければいけない」につながる言葉であると考えています。
    なお、顧客の声を鵜呑みにすることは、顧客志向とは似て非なるものであることは、あちこちで語られていますね(例:顧客志向の罠)。
    本題では、世に問われるサービスが量・種類(特にビジネスモデル)ともにまだまだ足りず、総数に成功確率を掛けた値が自然数に足りていない(100件の0.3%は0.3件であり、1件に満たないのでゼロと一緒)のではないのでしょうか。

    ちょっと他人事口調になってしまったと反省。

    • tomonarit より:

      原文の紹介ありがとうございます。
      そして、関連ネタとして紹介してもらった「顧客志向の罠」ってところのリンクにある話、読んでみましたがとてもおもろかったです!

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