エチオピアの大学教育におけるITカリキュラム改定について

よくこのブログの元ネタにしているHeeks教授のICT4Dブログに、途上国の大学におけるIT教育のカリキュラム改定に関する投稿「Evaluating Computer Science Curriculum Change in African Universities」があった。IEEEやACMが作成したIT教育のカリキュラムが途上国でも採用されつつある。確かにIEEEなどの国際的に認められている機関が作ったカリキュラムならお墨付きだし、途上国の大学がそれを採用するもの自然な流れだろう。しかしながら、いわゆる欧米(特にアメリカ)の大学教育を想定して作成されたカリキュラムを途上国で適用するには、それなりに障壁も。そんな訳で、欧米発のITカリキュラムを適用しているエチオピアの複数の大学を対象とした調査研究結果が紹介されていた。

調査はエチオピアの複数の大学を対象に、OPTIMISMというフレームワークに沿って、新カリキュラム導入に期待していた点と現実のギャップを明らかにするというもの。OPTIMISMは、以下の視点の頭文字をとったもの。

Bass and Heeks (2011)

調査結果としては、”Technology”と”Staffing and Skill”の2つの分野でもっとも大きな理想と現実のギャップがあることが報告されている。キーワードが抽象的で分かりにくいので、元の論文もちょっと見てみた。具体的には、コンピュータ室の設備や機材が足りていない点(Technology)、教える教員のスキル・経験不足(Staffing and Skill)という2点のことだった。

コンピュータサイエンス等を教えるための機材(ハード、ソフト)不足は、単純によくわかる。大学もお金がないから整備が困難。一方、教員のスキル・経験不足については、問題が根深い。そもそもエチオピア国内でInformation Technology専攻の修士コースがないなど、ICT分野の修士コースが限られている(アジスアベバ大学でも年20名)。このため、教員となれる人材リソースが少ない。この結果、教授レベルでもICT分野のPhDを持っていないという大学もあるという現状。

この調査研究では、OPTIMISMというフレームワークを、ITカリキュラム改定の課題を探るために利用することで、広い視点から今後改善(投資)が必要な分野を明らかに出来たという結論になっている。そして、コンピュータ室の機材不足や教員のスキル不足といった問題の解決を中心に、カリキュラム改定を浸透させるめの提案がなされてる。提案は技術に詳しい有識者グループを結成して教材レベルを上げるとか、ICT分野の修士コースを増やすとか、資金を投入するとか、政府がイニシアチブをって継続的にカリキュラム改定をフォローするとか、確かにその通りだけど、ちょっと物足りなさを感じた。

個人的には、ICT産業振興と絡めないと教員のスキル不足は解消しないと思う。卒業してもICT分野の仕事がないと、ICTを専攻する学生は増えず、学生ニーズがなければ大学もコースを設けず、それがICT人材不足に繋がり、結果的にICT産業も盛り上がらないという負のスパイラルがある。エチオピアでIT教師をしていたときに感じたことだ。ITの勉強をしても仕事がないのだ。ICT産業が限られた国で、経験豊富な教員を獲得するのは困難だろう。IT教育のカリキュラム改定・改善は、どうしてもICT産業振興とセットでないと威力を発揮しずらいと思う。この研究は、そもそも学術研究なので、改善提案よりもフレームワークを使った分析が目的なのだろうけど、このように提案部分についてはもっと広い視点からの提案があってもよかったかと、物足りなさも。でも、「先進国発のカリキュラムを使うのではなく、途上国用のカリキュラムを作成するのは、危険。ワールドスタンダードに満たない学位をとってもメリットがない」という指摘には同感。

Reference: Bass, J. and Heeks, R. (2011) “Changing Computing Curricula in African Universities: Evaluating Progress and Challenges via Design-Reality Gap Analysis”, The Electronic Journal on Information Systems in Developing Countries, 48, 5, pp.1-39

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コメント

  1. Ozaki Yuji より:

    「先進国発のカリキュラムを使うのではなく、途上国用のカリキュラムを作成するのは危険。ワールドスタンダードに満たない学位をとってもメリットがない」という指摘には強く同意です。学位がアテにならない状況ではベンダー資格の価値がむやみに強くなり、大学で勉強することは何の役に立つのだ、という悲しい話になりますよね。
    ただし、環境の違いを考慮する必要もあります。途上国では、教育機関が生徒の面倒をフルで見なくてはいけません。先進国なら生徒が自前のコンピュータを持っていることが前提なので、「あとは自習しといてねー」ができますが、途上国では教育機関が学習環境(コンピュータやインターネット接続など)の全てを学生に提供しなくてはならず、教育機関の金銭的負担が大きくなると同時に、学生がコンピュータに触れる時間も限定されます。

    「IT教育のカリキュラム改定・改善は、どうしてもICT産業振興とセットでないと威力を発揮しづらいと思う」は、鶏と卵の関係を孕んでいます。デキる人材が容易に確保できない国や地域で産業は振興できず、人材育成を頑張っても短期的には国外への出稼ぎ人を増やすことになります。国外に出た人が帰ってきて産業を興すというインド的なスタイルも、不確実かつ視点が長期的すぎて、即効的な効果を求めるドナーはいやがるでしょう。

    ICT系の人材育成プロジェクトは、ICT産業界からの強いプレッシャーや監視がないかぎり、ドナー側の都合(「途上国だからこの程度で(適性技術の誤解)」という割り切りや「予算の制約」という言い訳)が強く出てきたり、プロジェクト評価が身内だけでシャンシャン、になりがちではないかと実体験から考えています。
    とはいえ、ICT産業界、特に産業階層構造の下部に相当する企業群(下請け-孫請け-ひ孫受け)を相手にするのは大変です。スキルに対する要求が凄まじく具体的かつ即戦力を求めがちなので、八方美人的にフルカバーしようとすると、データベースで15種類、開発フレームワークで30種類…..これらを購入/導入して維持すること・指導者を確保することが重なってくると、無茶苦茶に金銭的負担が高くなります。確実に「継続性」でケチがつきますね。

    資本力のある企業なら、途上国内のトップの大学にお金を出して講座を作り、デキる奴だけかっさらうこともできます(援助機関が、相手国との橋渡しや許認可、入国処理などの便宜供与をする)。
    これは、援助というより投資に近いと考えられるため、現状の日本のODAのスキームには合いそうもないです。裨益者が極めて限定されるため、5項目評価でケチをつけられてオシマイかも。

    ※USAIDやKOICAなら、それぞれの国内ベンダーと組んでヤルかもしれませんけど。

    むしろ、「人材育成に寄与する金融商品」なんてものがあればいいですよねー。

  2. M.Miyazaki より:

    Ozakiさんのご指摘の逆になってしまいますが….、ミャンマーなど10-20%しか国内での仕事には就けないものの、シンガポールなど海外で、ミャンマー人の評価が非常に高く、積極的に雇用されている事例もあります。
    ミャンマーのIT教育プログラムは、中学校で、オフィスツールを使いこなす、高校でC言語取得を目的とした高度なものだったと思います。

    ところで、エチオピアのパソコンユーザ教育(パソコン教育)のカリキュラムって、あるんですか?
    確かtomonaritさんが以前、エチオピアではアムハラ語
    http://www.unicode.org/charts/PDF/U1200.pdf
    は通常紙で書くときはアムハラ語で書くあるにも関わらず、メールはアルファベットでやり取りしているとおっしゃっていましたよね?
    それはアムハラ語の(ユーザフレンドリーな)実装がないからであって、ユーザが無理に今あるパソコン環境に合わせてしまった事例だと思います。
    将来、民間企業が支援の対象としない小さい市場とみなされた国の文字(例えばアムハラ語)のパソコン環境に合わせて自国の文字を書けない/読めない,romanizeされた文字しか読み書きできない子供たちばかりとなってしまうのは寂しいですよね。

    ….無理とのご指摘でしたが笑、日本にはせっかくATOKなどintelligentな入力環境を開発できる経験も人材もいるのですから、例えば、民間が支援対象とできないような小さな市場(例:アムハラ語)を対象に”google/日本政府のコラボ”でそういった支援を行っていくことも可能では。

    • tomonarit より:

      M.Miyazaiさん
      かなり遅い返信になってしまいましたが、アムハラ語に関していえば、Gmailでどれくらいの人がアムハラ語を使っているかは謎ですが、最近は結構Facebookでも使われるようになってきましたね。使える人は使えるといったところでしょうか。
      マイノリティー言語を支援していくというのは(日本政府が支援するかは別問題ですが)確かに大切かもしれませんね。

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