先進国の学校教育におけるデジタルデバイドの深刻さ

教育・人間開発

こんにちは、Kanot(狩野)です。みなさんデジタル・デバイド(Digital Divide)という言葉を聞いて、どのようなイメージを持ちますか?デジタルデバイドとは、情報・ITに関する「持つ者と持たざる者の」格差のことを指します。

代表的な例としては、先進国と途上国の情報・IT格差が挙げられます。例えば、日本(先進国)ではインターネットもスマホも普及して、多くの人が最新のIT技術を活用できる状況にあります。その一方で、発展途上国では、未だにインターネットの整備されていない地区も多く、仮に整備されていたとしても回線が遅くてe-Learningなどを活用することが難しいケースも多いです。こういった格差のことを、デジタルデバイドと呼んでいます。

しかし、デジタルデバイドは国と国の間の差とは限りません。同じ国内でも都市部と地方部、富裕層と貧困層の間で、デジタルデバイドは存在しています。

今回はその中でも、アメリカ国内の学校教育におけるデジタルデバイドについてのNY Times (2016/2/22)の記事を紹介したいと思います。アメリカの初等教育においてインターネットを繋げない家庭がどれだけ苦労をしているかという記事です。タイトルは「Bridging a Digital Divide That Leaves Schoolchildren Behind(生徒を置き去りにするデジタルデバイドの架け橋)」(当blogの写真も記事から引用)。

——記事要約———-

午後7時。イザベラとトニーという兄弟が小学校の門の前に立っている。学校のFree Wifiを拾って教材をスマホにダウンロードするためだ。彼らの家は貧しくインターネットが来ていない。週によっては宿題を終わらせるために数時間、学校の前に立っていることがある。

アメリカでは多くの教育者がインターネットを教育リソースとして活用し始めている。しかし、それによって500万人のネット接続のない生徒たちが様々な苦労を強いられている。

ある地区では、子供たちが学校が終わった後も数時間をスクールバスの中で過ごす。政府や自治体の支援によって無料Wifi搭載のスクースバスが運行しているからだ。ネット時間を確保するために、わざと遠回りルートのバスで帰らざるをえない生徒もいる。まさに移動図書館ならず移動ネットカフェとしてネットのない生徒たちの宿題サポートをこういった形でも行っている。

「若い世代にとってインターネットは空気のようなもの」「学校にとって必要であると同時に子供の未来のためにも必要なもの」とNPOは声をあげ、政府に支援を求めている。政府も予算措置をしてライフライン・プログラムと呼ばれる貧困地区に電話やブロードバンドを届けるというサービスも行っている。このプログラムでは電話・携帯・ブロードバンドが支援対象となっているが、制度の悪用も指摘されており、批判も多い。

そのような問題とは裏腹に、学校教育におけるインターネットの活用は増え続けている。オンラインやe-mailiでの宿題提出、他の生徒とのオンラインでの情報・意見交換など。結局、生徒たちはインターネットを求めるというためだけにレストランやカフェに行き、Free Wifiを探すことも多くなる。ネット接続のある友人宅でネットを借りることもある。ある生徒は、現状について以下のように述べている。「ネットを探し続けることは本当にストレスフルであり、友人関係にも影響がでる。とはいって、ネットがないことを理由に宿題を終わらせないことで、先生から言い訳をしていると思われるのも嫌だ」。

——-要約終わり———-

この記事を読んで私は、先進国のデジタルデバイドは途上国のそれよりはるかに深刻であるという印象を持ちました。そして生徒たちの気持ちを考えると、とてもいたたまれない気持ちになりました。特に教育では、優れたサポート・コンテンツがオンラインで提供されていることは多くあり、先生も保護者もそのコンテンツの有効活用を教育効果の観点からも望んでいます。そして、いまやアメリカや日本などの先進国ではオンラインコンテンツを活用できる環境にあることが当たり前であり、家にネットがない、端末(PC、スマホ)がないケースはあまり想定せずに済む状況になっています。そこが一番深刻であり、アメリカの一部の貧困層はそのため(ネット環境が当たり前なため)に多大な苦労を強いられているのが現状のようです。途上国の場合はネットがあると有利ではありますが、インターネット環境がないことが前提でカリキュラムも組まれているため、ネットがなくても教育上苦労を強いられることはありません。この差は果てしなく大きいと感じます。

途上国のように、ネットユーザが少数派の中で、インターネットを持つ者が得られる恩恵は確かに大きいです。しかし、先進国のように、ネットユーザが大多数の中で、インターネットに接続できない人が被る損失(教育機会・プライド)の方がはるかに大きいのかもしれません。

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コメント

  1. tomonarit より:

    ちょっと前に「グーグル、低所得世帯に高速インターネットサービスを無料提供へ」という記事を見ました。
    http://japan.cnet.com/news/service/35077370/?ref=newspicks
    お金を払っているユーザから不満の声が出ないのか?と疑問に感じましたが、この投稿を読んでみて腑に落ちた感があります。先進国じゃインターネットはあった当たり前のインフラになっているのだと改めて実感。

    • Kanot Kanot より:

      まさに同じ方向性の話ですね。先進国ではもはや水・電気・ガスと同じレベルなのかもしれません(確かに自分にとってもそうかもしれない)。アメリカ的な考え方だと、貧しい人にレベルを合わせるということはしないので、学校教育で足を引っ張られないようにインフラをサポートする、という面もあると思います。

  2. Ozaki Yuji より:

    同じNY Timesの2012年5月29日の記事に『Wasting Time Is New Divide in Digital Era』(時間の浪費がデジタル時代の新たな格差)がありますね。4年前の記事だけど。
    ここでもデジタルデバイドが取り上げられていますが、「インターネット接続の先には、親も子供もデジタル娯楽の誘惑から逃れられないケースがある」というけっこうキツ目のネタを振ってきています。
    ——
    Digital Divide をなくすために皆がインターネットにつなげるように努力してきた。
    親は、子供が自制心を持ってインターネットを使えるように教育できない(親がハマったりしてる…)。
    その子供たちは朝7時までyoutube を見たり→そりゃー子供の学業成績も落ちるわなー。
    ——–

    「子供がFacebookやゲームにのめりこんでしまった時に、それを注意出来る親がいなければ、子供の勉強時間がダメージを受ける。子供が将来、経済的に豊かな生活を送るのを阻害する原因にもなっちまう」「しかし貧しい家庭では親も子供も、大々的に宣伝された娯楽システムに多くの時間と金を注ぎ込む傾向があり、PCやスマートフォン、ゲーム機などの電子機器は非建設的な活動にのみ使用していることが多いっつーことで」
    経済記事あたりで時々出てくる、「既存の娯楽のシェアが、デジタル娯楽に食われている」ネタの派生とも言えますが..。

    NY Times というメディアの性質上、リベラル的で批判的な論調というか告発風味のバイアスが存在する、ということを念頭に置いて記事を読みました。どちらの記事も、暗にFCC(Federal Communications Commission:連邦通信委員会)への批判が含まれていますね。

    • Kanot Kanot より:

      記事情報ありがとうございます。読みました。むむむ、耳が痛い記事ですね・・。一方で、娯楽番組やインターネットに依存するのが低学歴層の方が多いというのは意外な発見でした。親が一緒にハマってしまう確率が高いということなんですかね?それとも本や参考書が家に少ないということなのか??これに「Digital Divide」というタイトルをつけるところも面白いですね。

      • Ozaki Yuji より:

        昔から、[ゲームとか漫画とかテレビとか]vs[勉強時間]、という構図は鉄板ネタですよね(笑)。

        お金をかけないで遊ぶ、ということが、(特に受動的スタンスの人たちにとっては)お金の代わりに時間を浪費する娯楽を選ぶことになりがち、ってコトは昔から言われてきたような気も。キツイ俗説だと、時間を浪費するような人間だから….という話にも繋がりますね。

        フィリップ・コトラー氏の「Marketing in the Public Sector(邦題:社会が変わるマーケティング)」の中で、ソーシャルマーケティング*が難しい理由として、「短期間でターゲットオーディエンスに見返りとなるものを必ずしも与えない、成果を見せない、約束しないことにある」、「最大の競合相手は短期的ベネフィットに基づき欲望を煽る業界(タバコやアルコールなど)」である、とされていました。
        「大々的に宣伝された娯楽システム」は、ある種の欲望の対象でもあるでしょうし、即興的なベネフィット(欲望の満足)の方が理解しやすいでしょうし。学習や勉強って、リターンが読めない投資の一つでもあるでしょうし(この辺り、消費者化する学習者、というキーワードにもなっていて、教育に競争原理を過度に持ち込むことの副作用と結びつけて語られることが多いようです)。

        *ソーシャルマーケティング:マーケティングの原理と手法を使い、個人・グループ、社会全体のベネフィット(生活の質の向上)の為に、ターゲットオーディエンスに影響を及ぼし、ある「行動」を自発的に取らせたり、拒否させたり、修正させたり、放棄させること。

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