ども、Tomonaritです。「サイバースペースの地政学」という本を読んでみました。
この手の本(真面目な本)はなかなか最後まで読みきれずに終わることも多いのですが、とても読みやすく最後までサクッと読むことができました。技術的な知識がなくても理解できる内容だと思うので、国際開発分野でサイバーセキュリティに関心がある方にもオススメです。
国内のデータセンターやケーブルシップを視察しに行ったりする話から入るので、サイバースペースについての話ですが、実際のモノとして理解することができます。戦争におけるサイバー戦といっても、通信ケーブルを切断するといった物理攻撃があったり、海底ケーブルが切れた場合の修理をどのように行なっているのかなど、物理的なモノとサイバースペースの関係性がすごくわかりやすいです。ちょうど先日、ルワンダ出張へ行ったら「南アの海底ケーブルが切れたのでネットが遅い・・・」という状況でした。2週間の出張中に改善してくれないかなぁと期待していたのですがダメでした。この本を読んでなんとなく「そりゃ、修繕にも時間がかかるよなぁ・・・」と納得。
また、海底ケーブルでも盗聴されるとか、マインクラフトのなかの「検閲されない図書館」とか、ロシアのネット監視が思いのほか本格的に行われているといった情報は、自分も知らなかったので驚きました(中国の話はよく耳にしますが、ロシアも相当だなと思いました)。
ちなみに、著者の二人が国内のデータセンター(東京、千葉、北海道)やケーブルシップ、そして最後はエストニアまで取材に行っている風景が浮かぶのですが、「こういう旅をしてみたいなぁ〜」と思いながら読んでました。
以下、個人的なメモとして、「オッ!」、「へー、ホー😯」と思ったフレーズなどを記載してみます。
第1章:「チバ・シティ」の巨大データセンター 〜千葉ニュータウン〜
- 2018年3月に成立した米国のクラウド法(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act)は、米国において捜査機関が、企業が国外のサーバに保管しているデータの開示請求をする際の手続きを規定した。つまり、米国企業が管理しているデータであれば、その物理的な所在地がどこであっても、米国の裁判所のリエ上が効力を持つことを意味する。
- 同法は米政府と外国政府が行政協定を締結すれば、「米国の管轄権に服するプロバイダが外国政府からの直接の命令に応じてデータを開示しても米国法上違法と評価されないこと」を認めた。米国と行政協定を結んだ国とそうでない国とはでは、データの置き場所としての価値が異なってくる。
- たとえEU域内に住む個人であっても、そのデータを管理するのが米国企業であれば管轄権をおよぼすことが可能というクラウド法の狙いとGDPRは衝突する。
- 韓国のオンラインサービス大手企業ネイバーは2020年7月に「香港に保存されていた全てのデータは削除された」と対外的に発表した。←2020年6月に施行された香港の国家安全法により、中国中央政府からネイバーに対してユーザ情報などを引き渡す命令が下る可能性を懸念し、データセンターをシンガポールに移した。
- アイルランドという政治経済の中心地とは言い難い国に、なぜデータセンターが集まるのか。同地にいち早くデータセンターを設けたマイクロソフトはその理由を、税制や気候もあるが、データの独立性を維持するカルチャーが大きいとした。スイスの銀行が、顧客の情報を漏らさないという評判によってお金を集めたのと同じように、アイルランド政府とアイルランドのデータセンターはデータの独立性を重要視する姿勢を明らかにし、誘致を行なっている。
- 「データが持つ重力=データグラビティとは」:インターネットやサイバースペースは集約に向かっている。何事も集約して管理するほうが効率が良い。良いサービスが、多くのユーザを惹きつける。多くのユーザはより多くのデータをもたらす。多くのデータを得た企業はそれを糧にさらに良いサービスを生み出す。このサイクルが繰り返された結果、少数の企業によって多くの人のデータが握られている状態が生まれている。
- 「取り残された他国がおこぼれを拾っているあいだに、AI超大国は自国内で生産性を高め、世界各地から利益を吸い取っていくだろう」
第2章:日本がサイバースペースと初めて繋がった地 〜長崎市〜
- ウクライナテレコムの幹部は、2022年3月末に行われたインタビューで、開戦時に30%の国外への接続を失い、国内においてサービス提供可能なエリアが戦争前から16%減少したと語り、同社の無線基地局を繋ぐ光ファイバーケーブルに激しい物理的攻撃が行われたことを明かした。同社の技術者は車中泊し、ロシア軍の目に留まりにくい深夜に、凍った地面を掘り返し、切断されたケーブルを繋ぎなおすという作業を繰り返していた。
- スマホの5G通信やWi-Fiでのインターネット通信、人工衛星を介した通信に目が奪われがちだが、それらはあくまでも最終消費者たるユーザをサイバースペースに繋ぐ部分などに限定されており、サイバースペースを流れるデータのおよそ9割以上が有線のケーブルを通じてやりとりされているということである。
- 外国とのやりとりは99%が海底ケーブルを使って運ばれると言われている。
- 実際のところ、人工衛星を使った通信は全体の1%に過ぎないと推計されている。
- 英国の調査会社テレジオグラフィーによれば、2024年1月現在、世界には574本、総延長140万キロメートルの稼働中および計画中の海底ケーブルが存在している。地球を35周する長さの海底ケーブルは、世界の主要な都市を接続している。
- 現在の海底ケーブルのルートは、19世紀に往来が活発であった海の交易路と似ている。マラッカ海峡やスエズ運河などの海上交通の要衝は、海底ケーブルのルートとしてもやはり重要なポイントである。海底ケーブル一つとってもサイバースペースのインフラは地理的条件に強く制約されている。
- (英国は)1887年時点で世界全体の約70%、1894年時点で約63%のケーブルが英国の保有するものであった。
- 英国の海底ケーブルが世界を席巻した大きな理由は素材の独占にあった。海底ケーブルは長期にわたって内部の電線を保護し、海水から絶縁するための素材を必要とする。ボルネオなど東南アジアで採取できるガタパーチャという天然ゴムの一種がこれを可能にする唯一の素材だった。
第3章:ケーブルシップの知られざる世界 〜長崎市西泊〜
- 我々が想像する以上にケーブルは簡単に切れる。国際ケーブル保護委員会によればケーブルの切断は年間に100件程度発生している。
- 現在、ケーブルシップは世界でおよそ50〜60隻あると言われている。5000トン以上の大型のものに限ると45隻ある。米国のサブコム、フランスのオレンジマリンなどの通信事業者がケーブルシップを保有している。前述の通り、総延長140万キロメートル、つまり赤道35周分の海底ケーブルのどこかが年に100回切断される。そしてそれを50隻程度のケーブルシップで保守しているのである。
- 過去の大戦と通信インフラの関係について論じた歴史家のヘッドリクは「情報戦における本当の武器は、ケーブルの切断や無線局の破壊能力にあったのではなく、切断されたそれらを修復する能力であった」と述べている。
第4章:データ時代の「データグラビティ」 〜北海道、東京〜
- あるデータセンター企業の方から聞いた「現場の感覚として、遠い場所にあるデータセンターは売れない」という話が忘れられない。
- 現代でもわずかな遅延が発生する。それはWebサイトを閲覧する程度であれば、気にならないが、オンラインゲームや自動運転、遠隔医療技術、高速金融トレードなどのリアルタイム性が求められる分野では、使い勝手を大きく左右する。そのため、ユーザの使うデータを、なるべくユーザの近くにあるデータセンターに置くニーズが高まった。
- 現在、地球上の総電力のうちのおよそ2%をデータセンターが占めているとも言われる。データセンターによる電力消費は依然として年に12%のペースで増加しているという。
- 電力調達の容易さ、価格は国や地域によっても大きく異なる。投資会社の調べによれば、電力の価格が安いのはドーハ(カタール)、クインシー(アメリカ)、バンクーバー(カナダ)、ストックホルム(スウェーデン)、バタム(インドネシア)がトップ5であった。逆にベンガルール(インド)、ラゴス(ナイジェリア)などは条件が悪い。
- 大容量のネットワーク接続を求めると、データセンターは必然的に「海沿いの大都市」の近辺に集まる。海底ケーブルへのアクセスが良く、既存の通信事業者が張り巡らせた高速ネットワークに接続することが容易だからである。香港、シンガポール、東京などがこれに該当する。
- (1800年代半ばの米国のゴールドラッシュの例で)この競争の勝利者は、金を採掘する者ではなかった。つるはしなどの採掘に必要な工具を販売した者、鉱夫向けに衣食住を提供する者などが巨額の富を築いた。カリフォルニアのゴールドラッシュにおける「つるはし」に相当するのは、AIブームにおいては「GPU」である。
- ある調査会社によれば、2023年の第3四半期において、エヌビディアが出荷した高性能GPUは、マイクロソフトとメタの2社が合わせて全体の供給量の50%程度を手にしている。
- 2023年12月にエヌビディアの創業者が来日した際には、岸田総理が面会し、直接日本企業への優先的なGPU提供を求めた。
- AI時代のつるはしは、電力消費が激しい。また生成AI開発には大量のデータが必要である。つまりAI開発には、高性能GPUだけではなく、安定した電力供給が確保でき、大量のデータを保管できる、データセンターのような場所が不可欠ということである。AIブームによってさらにデータセンターの戦略的価値は高まるはずである。
- 数十年後に、サイバースペースへのアクセスを国や自治体が公共サービスとして提供する未来が来ることもあり得るのではないだろうか。その際には、完全に行政機関がサイバースペースの機能を提供する、つまり千葉県庁サイバースペース部ができ、船橋市役所にデータセンター課ができるというモデルと、現在の鉄道におけるJRグループや電力における電力大手10社のような形で少数企業によってサイバースペースが維持されるモデルという二つのシナリオが考えられる。どちらのパターンであっても「日本のサイバースペース」という国家の枠組みが強く反映されたサイバースペースとなる。
- もう一つの、全く異なる未来は、サイバースペースを数社のプラットフォーマーに委ねる道である。石油という資源を例にとると、世界で数社の石油メジャーが、採掘から流通までの全ての流れを独占していた時代があった。
第5章:海底ケーブルの覇権を巡って 〜新たな戦場になる海底〜
- カネと技術に乏しいロシアが西側の派遣を妨害しようとするのに対し、カネも技術もある中国は真っ向勝負であり、それゆえにより根本的な挑戦を突きつける。
- SEA-ME-WE-6と名の海底ケーブルを巡る一件は、このような懸念を背景としたものであった。
- この巨大ケーブル網の敷設を請け負ったのが、中国のファーウェイ傘下にあるHMNテック社(華為海洋網絡有限公司)であり、クライアントとなる国際企業コンソーシアムにも中国企業が3社入っていたことだ。しかも、入札に際してHMNテックが提示した5億ドルの敷設費用は、米サブコム社の入札額(約7億5000万ドル)と比べて3分の2であったという。海底ケーブル網の敷設で主導権を握ろうとする中国政府が多額の補助金を注入した結果の値下げであったと見られている。
- 米国は、この事態を重く見た。単に海底ケーブル敷設における中国の存在感が増すだけでなく、ケーブルそのものに盗聴の危険があると考えられたからである。このような懸念を背景として、米国はSEA-ME-WE-6計画を数sめる国際企業コンソーシアムに圧力をかけた。この事実を初めて明らかにしたロイター通信の報道によると、米国政府はSEA-ME-WE-6計画に関与していた通信事業者5社に「研修費用」として総額380万ドルの補助金を支出する一方、HMNテックを制裁対象にすると警告し、投資が無駄になりかねないとの脅しをかけたという。結局、SEA-ME-WE-6の敷設はサブコムが請け負うということで仕切り直しが図られた。
- しかも、SEA-ME-WE-6事件は氷山の一角である可能性が高い。
第6章:ポスト帝国のサイバースペース 〜エストニア、ロシア〜
- ロシア語はインターネット空間内で使用される言語として英語に次ぐ第2位の地位(2021年時点で全体シェアの8.3%)を誇ってきた。
- 2014年には、情報法に新たな規定が加わった。「インターネット利用者の音声情報、文字情報、画像その他の電子的通信の受信、転送、配信及び処理に関する情報並びに利用者本人に関する情報」を、当該活動修了後6ヶ月間にわってロシア連邦内に保存しておくようインターネット企業に義務付けるものである。外国のインターネット企業(たとえば、グーグル)であっても、そのサービスをロシア人が利用している場合は、ロシア国内のサーバに保存しなければならないということになる。情報機関によるインターネット監視を容易にしようとする意図が背景にあることは明らかで、2016年にはこの法律に違反しているとの理由で、LINEなど4つのメッセージサービスが操業停止を言い渡された。
- ただ、これらのメッセージサービスはロシア国内ではほとんどシェアを持っておらず、本当の標的はTelegramだったと見られている。
- 世界的な人気ゲーム「マインクラフト」内に開設された「検閲されない図書館」は、そうした状況に警鐘を鳴らすために開設された。報道の自由を掲げて活動する国際NGO「国境なき記者団」が2020年に開設したもので、仮想空間内に作られた館内には、権威主義国家が禁止したオンライン・コンテンツが保存されている。
- インターネットが、西側のサイバーインフラに支えられたものであるという危機感は、ロシア政府の中に早い段階から存在してきた。最もわかりやすいのはルートDNSサーバだろう。ドメインネームシステム(DNS)のシア上位に位置するルートDNSサーバは、世界に13台しか存在しない。しかも、このうち10台はアメリカに置かれており、残る3台もスウェーデン、オランダ、日本にある。
- 2014年7月には実際にロシアがグローバルインターネットから切り離された場合のリスクを検証する演習が通信・マスコミ省(ミンコムスビャージ)によって実施され、その結果が国家安全保障会議においてプーチン大統領にも報告されたほか、ドメインネームの管理を政府に移管することが検討されたという。いわゆる「主権インターネット」構想の浮上だ。この構想は、2019年の情報法改正によって制度的な裏付けを得た。
- インターネットが世界を結びつけ、透明に、平準にしていくだろうという楽観論は、急速に色褪せつつある。だが、サイバー空間が国家による監視の道具でしかないと結論するのもまた早計であろう。少し格好のいいことを言うなら、サイバー空間の未来像は我々自身の関わり方にかかっているからである。
以上になります。あくまで私自身が後から見返すためのメモなので、これだけ読んでもわからない点は多いと思いますが、これを見て面白そうと思ったら、本書を読んでみると良いですよ。
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