こんにちは、Kanotです。2024年7月にバングラデシュにて公務員の優先採用枠の不公平を理由に若者たちと政府が衝突し、死傷者が出たことをきっかけに、反政府運動が進みました。その最中、バングラデシュ政府は騒動を鎮静化するために国内のインターネット・電話を遮断するという対応を取りました。(補足:暴動を起こした側がインターネットケーブルを破壊したという説もありますが、この記事は政府が遮断したという想定で書いています。)
この記事をドラフトしたのが2024年7月28日、そして今日は8月5日なのですが、状況がものすごい速さで変わっています。7月28日に5日間のインターネット遮断からようやく接続が復活し始めたと思ったら、8月2日頃からまた国内情勢が悪化し、再度ネットを遮断。そして8月5日には群衆が首相宅に押し寄せた結果、首相が国外に亡命し、政権が倒れるという事態にまで発展しました。
この混乱の背景や内容については専門のニュースメディア等をご参照いただくとして、この記事ではICT面に着目し、インターネットの遮断に伴う政府や国にとってのメリットとデメリット、衛星インターネットという第三局の登場について書いてみたいと思います。
なお、この記事はまだ混乱が続いている中で、現地の正確な情報が得られない中で書いていますので、推測が多分に含まれる点はご容赦ください。
時系列の整理
まず、バングラデシュでインターネット関係で起きたこと(政府が起こしたこと)を私の知ってるレベルで列挙します。
・7月23日:反政府学生デモ拡大などもあり、政府がインターネット・電話通信を遮断。国外からはもとよりバングラデシュ国内でもインターネット通信はできない状況に。電話もノイズが入り、ほとんどできない状況に。バングラデシュのニュースサイトもアクセス不可に。
・7月28日:政府がデモ鎮静化の条件を提示し(クオータ削減案)、やや落ち着いたため、インターネットを少しずつ解放。ただし、携帯電話のインターネットはもう数日様子を見るとICT大臣がアナウンス。
・8月3日:デモがまた増えてきたため、インターネットを再び遮断。ただし、バングラデシュのニュースサイトなどはアクセス可能であった。
・8月5日:数万・数十万の群衆が首相宅を囲み、首相が亡命。
・その後:政権倒壊とともにインターネット制限も一気に正常化へ。
ネット遮断のメリット
まず、政府はなぜインターネットを遮断したのでしょうか。得られるメリットを以下の通り考えてみました。
- 反政府デモや集会の抑止
これは容易に想像できる点ですが、ネットや電話がないとデモ活動がどこで始まるのかが口コミ以外ではわからないので、通信手段を遮断して人同士を物理的に繋がりにくくすることは、デモの抑止には効果的と考えられます。 - 動画・写真がSNSで拡散されない
今回、学生団体と警察の衝突で死傷者が出ていたことで、(過去のアラブの春(詳細は後述)の教訓も踏まえて)そのような衝撃的な動画や写真をSNSにアップロードされるのを恐れてインターネットの遮断を続けていた可能性もあると聞いています。 - 不満の指数関数的な爆発を抑える
インターネットを介した情報拡散は、通常の情報拡散の数十倍、数百倍と指数関数的に情報が拡散される恐れがあります。そのような情報拡散で制御不能になることを懸念していたとも考えられます。 - 騒動に便乗した反政府運動を抑える
今回の騒動についても、学生たちの怒りが発端ではあるものの、そこに油を注いでいるのは野党を中心とする反政府組織という噂もあります。彼らはSNSを効果的に活用して政府への不満を高めようと画策するため、それを抑制するという効果はあると思われます。
ネット遮断のデメリット
一方、政府・国にとって都合の良いことばかりでは当然なく、相応のリスクもあります。特に信用面・経済面でのインパクトは大きかったのではと推測します。
- 国民の不満が高まる
当たり前ですが、国民がインターネットや携帯電話を使えないことは、日常生活に支障がでるため、今回のデモと関係ない国民にも政府に対する不満が高まっていった可能性は十分にありえます。
特に、家族と連絡が取れなくなった国民も多くいたと思いますし、根深い政府への不満として残った可能性は十分あると思います。 - 衝撃的な映像・画像がインターネット再開後に一気に広まる
メリットの欄に書いた、動画・画像拡散抑制の裏返しになりますが、インターネット再開後に衝撃的な動画・画像が一気に国民の目に触れるようになります。これは国民の怒りを指数関数的に増幅させる可能性があると感じます。今回のケースでも、5日間の遮断が終わり、国民が撃たれる映像、子供が殺され泣く親、血まみれの若者の姿などがFacebookやXで拡散されることになりました。 - 国際社会からの見え方が変わってしまう
政府の都合でインターネットというコミュニケーションの大動脈をコントロールすることがある、という事が証明されてしまったことになり、民主的な国としての国際社会からの評価には影響が出てくる可能性はあると思います。 - 海外とのビジネス上の機会・信頼を失う
バングラデシュ政府は外貨獲得手段の主要な柱として、ICTビジネス(特にオフショアビジネス)を推進してきました。今回のインターネット遮断はこの推進に大打撃を与えたと考える必要があると思います。アメリカにいるバングラデシュ人経営者と話をした時も、今回のインターネット遮断に伴うビジネス上のインパクト嘆いていました。 ここからは私の経験に伴う推測ですが、おそらくほぼ確実に、以下のような問題が少なからず発生していると考えられます。(もしかするとVPNや専用線を使っていた会社は繋がっていたのかもしれませんが、そこまでは情報が入っていません。)- 現地の開発メンバーと連絡を取る手段がないという問題
オフショア開発の主要なモデルは、先進国で企画・設計を行い、バングラデシュなどのオフショア先の企業で開発・テストを行うというものです。もちろんリリース後の保守・運用も含まれるケースも多いです。
その状況でインターネットや電話が遮断されると、何が起きるでしょうか。まず発注元は開発チームと連絡が取れなくなります。これはプロジェクト発注側から見るとかなり致命的で、進捗が上がってこないのはもちろんのこと、いつ遮断が解除されるかもわかりません。システム開発はリリース日を決めていて綿密にスケジュール管理をしますので、先が読めないと言う不安感は非常に大きなインパクトがあると考えられます。
例えば、日本のA社のシステム開発を日本のB社が元請けとして受注し、B社がバングラデシュのC社にオフショア開発する場合、A社にとってはB社に発注しているわけで、その先のC社の事情で納期が延びてもその責任はB社になってします。これはなかなかに厳しい状況です。 - 現地にサーバなどを置いていた場合はデータが取れないという問題
サービスの本番データ(実運用で使っているバージョン)をバングラデシュに置いているオフショア業者はほとんどいないと思われますが、開発途中のデータなどは現地のサーバにおいておくことは十分想定されます。この場合、インターネットが遮断されてしまうとデータにアクセスすることも取ることもできなくなってしまうので、開発やテストができないならまだしも、現状の運用にも影響が出ている企業も少なからずあったのではないかと推測いたします。
- 現地の開発メンバーと連絡を取る手段がないという問題
政府は今回の情報遮断の影響で、本当に多くの頑張っているバングラデシュのICT企業(特にオフショア開発を実施する企業)などに信用・経済の両面で大打撃を与えていること、どこまで理解できていたのだろうかと疑問に思います。
ネット遮断の救世主?スターリンク
これらのネット遮断が続く中、Xを見ていたところ、興味深い動きがありました。
おそらくバングラデシュ外に住んでいるバングラデシュ人と思われる人が多数、イーロンマスク氏宛にツイートを書いていました。ほとんどの内容は「バングラデシュにスターリンクのサービスを提供して欲しい。政府はインターネットを遮断するという暴挙に出ている」と言った懇願でした。
スターリンクとはイーロンマスク氏がCEOであるスペースX社のサービスで、人工衛星を活用したインターネット接続サービスです。
地上の回線を経由しない人工衛星のインターネットサービスについてはおそらく政府もコントロール外であるため、このような懇願が届いているのでしょう。実際にロシア・ウクライナ戦争でも、イーロンマスク氏がスターリンクのサービスをウクライナ向けに提供し、話題になりました。
衛星インターネットの普及は、今後の世界中の政府によるインターネットコントロールに一石を投じる動きになっていくのかもしれません。
アラブの春とインターネット
最後に、Facebook革命と呼ばれた通称「アラブの春」が起こした政権転覆とその教訓について振り返っておきましょう。アラブの春とは2010年〜2011年頃に中東地域で起こった民主化運動の総称で、複数の政権転覆が伴うなど、非常に大きな事件でした。
以下の内容の情報ソースは主に総務省の以下のまとめです。
アラブの春で大きな役割を果たしたと言われるのがFacebookです。例えばチュニジアでは、反政府運動が高まっていた状況で、政府に反発する若者の焼身自殺動画がシェアされたことで一気に国民の不満が爆発し、大統領が亡命する結果となりました。
また、このアラブの春の中でもインターネット遮断は起きています。例えば、エジプトでは反政府デモの混乱を鎮圧するために5日間のインターネット遮断をしていますが、復旧後に逆に反動でFacebookユーザが増え、ムバラク政権の崩壊に向けて様々なページや情報がシェアされる状況になっていました。
今回のケースとアラブの春との類似性は?
今回のバングラデシュでも結果的には同じ結末を迎えました。5日間のインターネット遮断から復旧させたあと、国民の政権打倒運動が爆発的に高まり、政権交代になってしまいました。
この結果になるまでにインターネット遮断が与えた影響を考えると、政権がデモを抑えるために行ったネット遮断が、逆に政権の寿命を縮める結果につながった可能性は否定できません。特に、5日間情報を得れなく強いストレスにさらされていた国民に、血まみれの若者などの衝撃的な動画・画像が拡散したことは、この状況を一気に増幅させた可能性は大きいと感じます。
また、インターネット上で象徴的な画像がシェアされたことも類似しています。チュニジアで焼身自殺をした若者が政権転覆に向けた象徴的な映像になったことと同様に、バングラデシュもでもアブ・サイードという武器を持たない若者が警察の発砲で殺害されるというシーンがこの革命の象徴的なものとなりました。
一方、ネット遮断・SNSがなかったらこの事態が起きなかったかというと、それも違うと思います。ネット遮断の前からすでに国民側に大きな不満なりうねりは存在していましたし、だからこそ政府はリスクを取ってネット遮断という判断をしました。つまり、ネット遮断はあくまで政権交代の時期を早めただけで、遅かれ早かれこの事態にはなっていたのではないかと個人的には思います。
今回のバングラデシュのケースが今後の新政権運営にどのような影響を与えるのかわかりませんが、個人的に非常に思い入れのある国でもありますし、主要な研究フィールドでもありますので、今後の動きは注視していきたいと思っています。痛みを伴う事件でしたが、これをきっかけによりよい国になることを心から祈っています。
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