こんにちは、Kanotです。アフリカで最も成功したFinTechサービスであり、アフリカのICT4D事例の筆頭に常に上がるのが、東アフリカ(特にケニア)のモバイルマネーサービスであるM-PESAです。
2024年12月にアフリカ9カ国目にして念願のケニア初上陸を果たし、ICT4D(ICT for Development)の関係者として絶対に使ってみたいと思っていたM-PESAをインストールして使ってみましたので、感想をレポートします。
おそらく今ケニアにいらっしゃる方は、既にケニアの金融インフラとなっているM-PESAの何が凄いのか(なぜ私が興奮してるのか)を認識する機会はあまりないかと思いますので、少し歴史から遡って紹介していきたいと思います。
2007年当時のケニアでの金融アクセス
まず、M-PESAのサービスが始まったのは2007年。この年は初代iPhoneが発表された年で、まだ世界にスマートフォンが存在しなかった時代です。この当時のケニアの貧困層(特に地方)は以下のような問題を抱えていました。
銀行口座を持てない
特に地方の農村部に住む人にとって、銀行口座は非常に遠い存在でした。まず、銀行が都市にしかないため非常に遠く、歩いて数時間やバスを乗り継いでなどはザラであり、わざわざ銀行口座を開くモチベーションはありませんでした。また、銀行側も儲けにならない貧困層の口座開設をよしとしませんでした。
そんな状況ですので、日本では当たり前の銀行口座をケニアの多くの人たちは持っていません。
貯金(安全にお金を貯めること)ができない
銀行口座がないため、お金は現金で保管しなければなりません。この事は様々なリスクを伴います。まず、取られるリスクが高まります。昔の日本のドラマなどで、酔っ払った父親が母親が貯めたヘソクリをビンタして奪って酒代に使ってしまうシーンがよくありましたが、ああいうことが起きます。
そのため、お金を得たらさっさと使うのが吉であり、結果その日暮らしになり、貧困から脱却できなくなります。
一方、このような状況に対する問題意識は以前からあり、日本に昔からある頼母子講(たのもしこう)のような、女性グループなどがコミュニティ内でお金を拠出し合って一時金を工面するような仕組みはあります(仏語圏西アフリカではtontine、ケニアではharambeeと呼ばれるようです)。また、マイクロファイナンス機関などが金融教育も兼ねて預金支援も行っている場合もあると思います。
お金を安全に、格安で送れない
父親などが地方から都市部に出稼ぎに行くことは古今東西よくありますが、ナイロビで稼いだお金の一部を家族にお金を送ろうとしても、銀行口座がないので送金することができません。
そうすると、誰かに頼んで現金を運んでもらうしか選択肢がなく、多くの手数料を取られたり、時には盗まれたりします。
M-PESAという金融包摂イノベーション
このような状況は貧困削減(特に金融サービスへのアクセス)に向けての大きな課題なのですが、M-PESAは当時としては画期的なサービスで、これを解決していきました。昨今は金融包摂(Financial Inclusion)やFin-Techという言葉もよく聞かれますが、M-PESAはまさにその先駆者的なサービスです。
そのアプローチは、携帯電話(スマホではなくガラケー)を活用したモバイルマネーでした。詳しくはこの後書きますが、M-PESAによってモバイルマネーを活用した預金、送金、支払いが誰でも簡単にできるようになりました。
これが起きたのが2007年です。日本でモバイルマネーが本格化されたのはPayPayサービス開始からだと思っていますが、それが始まったのが2018年です。日本より11年も早くモバイルマネーが、あのアフリカで誕生(しかも爆誕)したわけです。すごくないですか??
2007年当時のケニアでは、格安の携帯電話が急激に普及していきました。世界銀行のデータによると、携帯電話契約数がこの頃に国民数の50%程度になっています(今では120%以上)。しかし、当時はインターネットは地方を中心に非常に弱く、ほぼ電話とSMSしかできない状況でした。
当時のアフリカで普及していた携帯電話はこういったNOKIA製などです。
こういったシンプルな電話は、画面もモノクロでインターネットにはアクセスできません。一方、そのシンプルさゆえに、一度充電すると1週間くらい電池が持つので、開発途上国の非電化地域にとてもフィットしました。その結果、家に電気は来ていないのに携帯電話は持っているという、一見不思議な状況を多数作り出しました。
こんなスマホもない、インターネットもない状況でどうやってモバイルマネーを実装したのでしょう?これがM-PESAのイノベーションだったと思っています。
その主な仕組みは、以下の3点です。
- 電話番号をID(口座番号)としてお金を電子管理する
- M-PESAへの入金、出金は村のキオスクで可能
- 送金手続きはUSSD(自動応答の文字チャット)で行う
USSDというのは日本ではあまり馴染みがないのですが、下図のような携帯電話の画面を見たことがある方もいるかもしれません。(今でもアフリカでは携帯パケットのチャージなどでよく使われています。)
特定の番号(#や*が入った番号)を入れて通話ボタンを押すと以下のような画面が表示されます。画面の選択肢の数字を返信することで、送金先の番号や金額などを文字ベースでチャット形式で入力することができます。USSDではパケット料金などはかかりませんので、貧困層でも躊躇なく使用することができました。
例えば、上の画面で「1」と返信すると、「相手の番号を入力してください」と表示が出ます。そこに送金先の番号を入れて返信すると「送金金額を入力してください」と表示されて・・以下略。
現在はスマホアプリで使えるようになったため、PayPayなどと同じように見えていますが、今でも携帯電話番号がIDになっていて、USSDも残っています。実際に私もケニアで電波の弱いエリアで買い物をした時にUSSDでM-PESAを支払いました。
また、アフリカにおけるキオスクというのは、記事冒頭の写真に「Safaricom M-PESA」と書かれた看板があるのですが、こういう看板を出している小さな売店のことを指します。これらのキオスクが無数のM-PESA代理店として、個人から現金を受け取っての入金、はたまたM-PESAの現金化の窓口となったため、農村部でも簡単に入出金することができました。
この仕組みがなぜイノベーションだったかというと、携帯電話さえ持っていれば貧困層でも使えたこと、インターネットがなくても使えたこと(圏内であることは必要)と言ったことに加え、銀行口座のようなものを持てるようになり、誰でも預金ができるようになったということです。M-PESAを使ってお金を貯めて、少し大きな投資をすることなどが可能になりました。
その結果、M-PESAの流通量は急増し、2024年時点では年間330億トランザクション、ケニアのGDPの60%がM-PESAで行われるほどに浸透しています。今では送金はもちろん、お店の支払い、授業料支払い、駐車料金などあらゆるものがM-PESAで支払えます。面白かったのは、ホテルのポーターなどへのチップなども、相手の電話番号を聞く形でM-PESAで払うことができました。
このM-PESAがケニアにとても浸透してることを示す例を一つ挙げます。なんと日本円から直接M-PESAにオンライン送金ができるのです。WISEという国際送金サービスを使った事がある方はいらっしゃるでしょうか?このサービスは基本的に二国間の銀行送金のサービスなのですが、日本からケニアに送ろうとすると、銀行ではなくM-PESA直接送金する事が可能になっています。出張中にも何度か日本の口座から直接入金でき、しかも数分で送金が完了するので、非常に便利でした。
M-PESAの重要な副産物、信用スコアリング
そして、もうひとつM-PESAの副産物として注目したいのは、信用を可視化したと言うことです。M-PESA以前のケニアでは農村部では銀行口座を持てないため、金融的な信用、いわゆるクレジットスコア的なものを得る方法がありませんでした。その結果、お金が借りられず、家や事業など大きな投資が難しい状況にありました。
しかし、今は多くの決済がM-PESAになった事で、その履歴が電子的に残り、信用審査に活用されています。例えば、バイクの割賦販売を行なっている日系スタートアップのZARIBEE社などではバイク購入希望者にM-PESAの利用歴を提出させることで、貸付の信用審査の資料として活用しています。
現在のM-PESA
現在はM-PESAも主にスマホアプリで利用されています。下図がスマホアプリの画面ですが、わかりやすいインタフェースになっています。この記事では昔のインタフェースについて触れましたが、今はPayPayなどと同じようにスマホで決済をすることができます。
この画面で言うと、送金は「Send and request」、お店の支払いは「Pay」などといったメニューを使います。
M-PESAを実際に使ってみて感じた課題
これまで述べたようにM-PESAは大変便利なサービスです。日本から簡単に送金もできて、現地での支払いはチップも含めほぼM-PESAでした。一方、実際に使ってみていくつか課題も感じました。
圏外だと使えない
インターネットが弱いとアプリ払いが使えず、圏外だとUSSD払いも使えず、と携帯電話の電波は使用の必須条件になっています。この辺りは特に地方部や、電波の届きにくい地下などでは不便になるケースがあると感じます。私も滞在中に何度か「繋がんねー」と言う状況になり支払いに苦労したケースがありました。そのため、ケニアではまだキャッシュも使われています。
Safaricomの独占サービスである
これはかなり大きな問題と思いますが、M-PESAは通信会社であるSafaricomのサービスなので、他社のSIMでは使えません。これは独占の観点から不平等に思います。おそらくですが、多くのケニア人はM-PESA用にSafaricomは契約し、加えてネットや電話が安い他社のSIMなどをデュアルSIMで使い分けてるのかなぁと思いました。(未確認の推測情報です。)
特に旅行者の皆さんに、大事なことをお伝えします。私がよく使うe-SIMのサービスにAirloがありますが、ケニアではSafaricomのSIMがAirloでは買えません。Airloで買ってしまうと他社SIMとなり現地でM-PESAが使えないということになります。ですので、現地の空港などでSafaricomのSIMを買うことをおすすめいたします。
手続きがちと面倒
マネーロンダリング対策なのかなと思いますが、SIMを契約してもM-PESAはすぐには使えるようにはならず、もう一つ手続きが必要になります。これは旅行者などには手間だなと感じます。私もSIMを購入してM-PESAアプリ入れて、さあ使おうと思ったら使えず、またSafaricomのオフィスを訪問する羽目になりました。
そのような状況もあり、サファリツアーなどに参加する団体客などは米ドルやケニアシリングの現金で支払いをしているケースも多く見ました。
番号の手打ちが面倒
M-PESAは電話番号やレジ番号などのIDを使って送金、支払いします。そのため、スーパーなどではレジの上に書いてある8桁くらいのIDをM-PESAアプリで手打ちして支払い手続きをする事になり、QRコード支払いに慣れた日本人としては、面倒だなと感じました。
QRコードの普及は遅れがち?
なぜPayPayのようなQRコードを支払いに使わないのだろうと思ってアプリを開いてみると、QRコードの作成やスキャンの画面がありました。しかし、お店や個人のやり取りでもまだまだ番号を手打ちするケースが多いように見えました。
これはまさに、イノベーションのジレンマの例だと思います。つまり、ケニアではM-PESAの圧倒的な普及と、スマホ以前の名残で番号での支払いに慣れすぎてしまったがために、より便利であるはずのQR決済が浸透せず、結果としてやや時代遅れな支払い方法になってしまっていると感じました。
一方、QRコード機能がすでに組み込まれている以上、店舗で導入することは技術的には簡単で、打ち間違いなども避けられるため、遅かれ早かれQRコードも普及していくのではないかなと思います。
終わりに
当初の想定よりだいぶ長い記事になってしまいましたが、念願のM-PESA利用が叶った記念に、歴史の紹介と使用レビューとして記事を書いてみました。
こちら、ケニアに2024年に1週間程度滞在した中での記事なので、事実と異なることや私の勘違いもあるかもしれません。現地の方などでご指摘いただけることあれば、ぜひお願いいたします。
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