「援助がアフリカの自立を阻害する説」と「生成AI賢すぎる説」の共通点

アフリカ

こんにちは、Kanotです。いきなりですが、「援助がアフリカの自立を阻害する」という説はご存知ですか?アフリカの発展のために国連・JICA・NGOなどの援助機関は様々な活動しているのですが、それがかえって自立や自主性を損ない、成長を阻害しているのではという説です。関連する主張がされている著書として、Dambisa Moyoの「援助じゃアフリカは発展しない」やMagatte Wadeの著書などがあります。

この説は昔からあるのですが、私自身はJICAで人材育成などに本気で取り組んできたこともあり、もちろん開発援助の可能性を信じているところです。

さて、この説の真偽は一旦置いておいて、最近私が生成AIの賢さと接する中で、私が生成AIに最近感じることとアフリカの役人が援助機関に感じることは似てるのではないか。つまり「援助がアフリカの自立を阻害する説」と「生成AI賢すぎる説」には共通点があるのでは、と感じることがありました

その共通点とは、どちらも「自分はやる気があるものの、助言の質が高すぎて、考えるのをやめて依存したくなる。その結果、成果は出るものの、自身はあまり成長していない」というものです。

すごく個人的な意見かつたいした話ではないのですが、思考の記録も兼ねて、なぜ私がそう感じたのかを記録として以下の通り、残しておきます。

この思いに至った経緯

最近(2025年9月)、生成AIの進化、凄まじいですよね。研究者としての私の仕事もどんどんAIにアウトソースできるようになっています。

例えば、プログラミングはもちろん、英文校正、授業案作成、論文構成のドラフトなどはお手のものです。そして最近は論文執筆のコアな部分への貢献も高く、例えば、自分が書いた論文をChatGPTに入れて「査読者のつもりでコメントして」と入れると良質なコメントをくれたりします。

更にはジャーナルの査読コメントを入れると、その対応方針すら提案してくれます。(これをそのまま出すとまさにAIの奴隷になってしまうので、あくまで参考として使うよう自制しています。)

先日などは、自分が数時間かけて考えた論文のタイトルよりも、AIに論文ドラフト読ませて生成したタイトル案の方が良かった時は、ちょっと悲しい気持ちになりました。

このように、最近の生成AIは本当に便利だと感じると同時に、「もう自分より賢いし、自分で考えなくてよくね?」という誘惑に駆られるタイミングが増えてきています

「いちいち自分が論文書くよりも、AIに書いてもらったほうがいい論文書けちゃうんじゃ・・。」

「査読もいちいち時間かけなくても、AIにドラフトしてもらえばいいんじゃ・・」

「英語も自分で書かなくても、日本語で書いたものをAIに翻訳してもらった方が質が高いんじゃ・・」

こういった「自分が一生懸命考えるのよりいい案出してくれるし、頼っちゃった方がいいかな」という感覚、そして実際問題としてその方が質の高いものができてしまうという事実は、自己成長のモチベーションを阻害するものだなぁ(やる気をくじくものだなぁ)と感じます

そして、ふと思ったんです。これってもしかすると、アフリカの政府役人などが援助機関に対して抱いている感覚と似ているのでは、と。

どういうことかというと、アフリカの開発援助では、援助機関がその道の専門家を雇い、ベストだと考えられるプロジェクト案を政府に提案します。もちろんそれ自体は素晴らしいことなのですが、それを続けていると、政府役人の気持ちとしては「よーし、彼らのノウハウ吸収するぞ!」ではなく「自分よりいい案出てくるし、もう任せちゃった方が楽じゃね?」という感覚(依存体質)になってしまう人が一定数出てくると思われます。

私の生成AIへの認識とあえて重ねますが、決してやる気がないわけじゃないんです。成長意欲もあるんです。援助機関も悪気はなく、良かれと思って世界の知恵を集約した解決策を提案しているわけです。

ただ、出てくる提案のレベルが高すぎて、「もう余計な口挟まずに、任せた方がうまくいきそうだな」と思って、自身の成長を放棄してしまうことがあるのではないでしょうか。もちろんケースバイケースだとは思いますが。

研究の質向上に生成AIが役に立ってるか?と聞かれたら、もちろんYesです。

アフリカ開発に開発援助は役に立ってるか?と聞かれたら、もちろんYesです。

ただ、どちらも「自分の成長につながってるか?」と言われると、少し疑問が生じるかもしれません。

何度も書きますが、決してやる気がないわけではないんです。でも、こちらは自分の頭だけが頼り、相手(生成AI or 援助機関)は知恵や経験の集合体なので、どうしたって勝てないわけです。相手はどんどん賢くなっていきますし。

そしてモチベーションが下がってしまい、依存体質になってしまう・・・。でもアウトプットは悪くない。

・・と特に何の結論もない記事でしたが、ちょっと被援助国の役人の気持ちってこんな感じな可能性あるんじゃないか、と思ったので書いてみました。

これからも、生成AIは優秀な助手としては使いつつも、あくまで自身の成長に繋げるツールとして使っていきたいと思ってます。

被援助国も、開発援助をうまく使ってもらって、経済開発と人材育成のどちらの成長にもつながる形になると良いですよね。

AIは助手として活用し、決してAIの奴隷にはならないぞ!

(この点は、学生のAI利用に懸念を抱いているこちらの記事もご参照ください)

異論反論たくさんあると思いますが、ただの私の妄想のメモということで、ご容赦ください。

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