第4章:宮崎とバングラデシュの出会い

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教育ビジネス x バングラデシュ

ここから舞台は再び日本へと移り、宮崎市とバングラデシュの出会いから、宮崎市のIT企業がJICAの中小企業支援事業を受注するまでの話を綴っていくのだが、はじめに、本書の後半のキーパーソンの一人であり、宮崎県の高千穂町に滞在していた田阪真之介さんとバングラデシュとの出会いから話を始めたい。

話は2010年に遡る。この時、田阪さんは北海道にいた。田阪さんは、新卒で赴任した青年海外協力隊としてのセントルシアでの活動から帰国し、大手の教育関連企業の北海道支社で勤務していた。青年海外協力隊の活動を通じて開発途上国での教育事業に興味を持っていた田阪さんは、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス博士に影響を受け、ソーシャルビジネス=バングラデシュというイメージを持っており、(バングラデシュには行ったことはなかったが、)いつかバングラデシュにおける教育事業をしてみたいと思い描いていた。そこに、勤務先の新規事業審査会が開催されたため、バングラデシュでの教育事業案を提出したところ、BOPビジネスが注目されていた時期でもあったこともあり、見事、社長賞を受賞する。

そこで、この事業案をもっと練り上げ、次のフェーズに進むためにはきちんとソーシャルビジネスに詳しい人に話を聞かないとならないと考え、その分野の第一人者であった北海学園大学の菅原秀幸教授を訪ねたところ、「ちょうど北海道出身でバングラデシュから帰国したばかりの人がいるから紹介しよう」と帰国した青年海外協力隊員を紹介してくれた。そこで紹介してもらったのが、バングラデシュでIT人材育成ムーブメントの火付け人であり、協力隊から帰国したばかりの庄子さんであった。田阪さんは、バングラデシュにおける教育の改善についての思いのたけをホワイトボードに書き、「バングラデシュの教育改善に自分が何か貢献したい」と語ったところ、隊員生活を通してバングラデシュにおける教育の重要性を庄子さんも認識していたこともあり、二人はすっかり意気投合。2010年12月末には二人で自費のバングラデシュ調査(田阪さんにとっては初めてのバングラデシュ渡航)に行くことに・・・・

続きをご覧になりたい方は、ぜひ書籍でご覧ください。(印税は著者には入らず、JICA事業に使われます。)

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