ネパールのSNSブロックからの政権転覆を現地で見て

アジア・大洋州

ナマステ、Kanotです。2025年9月にネパール政府が行った主要SNSのブロックを発端に、Z世代のデモが起こり、それが政権転覆につながる事件がありました。

私はちょうどそのタイミングで、大学生を連れたスタディツアーでネパールに滞在しており、現場で色々と感じることがありましたので、日記風ではありますが記憶が新しいうちに、備忘録的に残しておこうと思います。主にはICT4Dっぽい視点(SNSブロックとそれが与える社会インパクト)を中心に書きます。

ちなみに、アイキャッチの画像はネパールの食事であるダルバートです。モモも美味しかった。

9月5日:成田→中国(成都でトランジット一泊)

今回は自費の学生連れということもあり、極力安く行きたいというリクエストに応え、探しうる中で一番安い中国国際航空での渡航となりました(スターアライアンスなのに往復で8万円強。安い!)。しかも、トランジットホテルが無料とのことで、それも嬉しい。航空券を予約直後にトランジットホテルを公式サイトから予約しました。

成都では、トランジットホテルの送迎の呼び方が難しい、英語がほとんど通じない、送迎バスが全然来ない、など想定外に体力消耗したのですが、今回の記事はネパールがメインということで、ここでは割愛させていただきます。

この中国でのトランジット滞在中に、現地から「ネパール政府が主要SNSをブロックするらしい」というニュースが入りました。この情報が現地から入ってきた時は「えー、まじか。学生とグループLINEで連絡取れないのは不便だなぁ」くらいの感覚でした。

9月6日:中国→ネパール(首都カトマンズ)1日目

飛行機の遅延もなく予定通りにネパール入りしたのですが、SNSブロックの情報を得ていましたので、日本で事前購入したデータSIMの利用ではなく、空港で電話・SMS機能付きのSIMを全員購入しました。一人当たり1週間の利用で500円程度だったかと思います。安い!

そして、いざ入国してみるとSNSブロックが部分的に発動していて、YouTube、Instagram、Facebookは使えないものの、LINEやWhatsAppはまだ使える状態でした。これにより、主にFacebookメッセンジャーだけで連絡をとっていた知人と連絡が取りにくくなり、メールだけの連絡だとこんなに不便なんだなと感じました。

ちなみに、なぜネパール政府がSNSをブロックしたのかについてですが、表向きにはSNS各社がネットいじめ、フェイクニュースなどの対策として政府が求める対策と登録に対応しなかったため、とのことでした。その対応期限が我々の渡航直前だったようで、対応に応じなかったSNSがブロックされることになりました。

一方、ニュース記事などによると、ネパール政府がSNS各社に対応指示を出した真意は、政府がネットをコントロール下に置きたかったからという噂もありました。中国のような形でSNSを管理したかったのかもしれません。

実際、このSNSブロックの影響を受けなかった(事前に政府に従い登録をし、アクセスが遮断されなかった)のはTikTokだけでしたので、この辺りからも中国の影響が透けて見えるような気もしました。

ちなみにこの日は、皆でタメル地区を散策し、学生たちもリキシャに乗ったり値段交渉したりと、初めての開発途上国を楽しく過ごしていました。

9月7日:ネパール2日目

この日は日曜日ということで、観光と異文化体験をという計画でした。ボダナートという世界遺産の仏教寺院を訪問し、パシュパティナートという火葬場(インドのバラナシのような場所)を見学し、死生観が変わる思いをしてもらいました。そして、夕方には日本人が支援する孤児院を訪問し、子どもたちと触れ合いました。とても素晴らしい異文化体験になった一日でした。

一方、この日から、我々にとって頼みの綱だったLINEとWhatsAppへもアクセスができなくなりました。グループ行動しているのにグループLINEが使えないのはこの上なく不便で、電話・SMS機能付きのSIMがなかったら、連絡手段を断たれるところでした。(TeamsやSlackといったビジネスツールは生きていましたが、あまり日常の連絡には適さないですね。)

一方、我々は旅行者なのでまだよいですが、このSNSブロックが国民生活に与える影響も気になってきました。FBメッセンジャーやWhatsAppが使えないというのは、ネパール人にとってはなかなかに不便です。おそらく家族や恋人と連絡が取れないネパール人もさぞかし不便しているのでしょう。そろそろ怒り出すんじゃないでしょうか・・。

そんな私の不安は的中します。おそらく、SNSブロック当初のネパール政府の目論見としては、サービス継続(金儲け継続)のためにSNS各社が折れて、ネパール政府の要求に従うことだったと思われますが、先にしびれを切らしたのは、Z世代の若者たちでした。

このSNSブロックをきっかけに、Z世代による翌日のデモ活動が企画され始めます。当初の報道では「SNSブロックに怒るZ世代」というものが多かったです。しかし、その後の報道を見ていると、SNSブロックはあくまできっかけに過ぎず、腐敗した政治、改善しない雇用・経済、そういった多くの負担を担わされている若者の不満が爆発寸前まで高まっていたというのが実情のようです。

ちなみに、私はこの時点はこのデモが政権転覆に繋がるとは夢にも思っておらず「政府はことの重大さを理解して、さっさとSNSブロック解除して欲しいなぁ」くらいの感覚でしたし、周りの人もそのくらいの感覚だったと思われます。

そして、余談かつ今回の事件とは直接関係ないのですが、このSNSブロックを通じて私が感じていたことは、SNSをブロックすることがこれだけ生活に影響を与えるという事実と、主要SNSの大半が米国産であるという事実、この2つのが持つ政治的リスクでした。

つまり、トランプ政権は今は関税を外交手段に使って各国に脅しをかけていますが、将来的にこのSNS版が出てくるとタチが悪いなと感じました。例えば「あなたの国がXXな条件を飲めないなら、FB、Instagram、WhatsAppへのアクセスを米国は遮断する!」みたいな交渉をしてくるリスクです。

日本はLINEが浸透しているのでまだよいですが、多くの国ではLINEではなくWhatsAppが使われていたり、Facebookの普及率が社会インフラと言えるほど高い国も多くありますので、米国からSNSを遮断されるのは社会インフラ的に大打撃になりうりますし、米国にとってはとても都合の良い交渉材料になり得ます。

9月8日:ネパール3日目

この日は、朝から現地の小学校を訪れ、ユニークな朝礼や授業風景を見学。午後にはUNICEFを訪問し、現地の教育事情に関するレクチャーを受けました。

一方で、この日からカトマンズ中心にデモが複数箇所で勃発しました。警察との衝突もあったようです。夕方には、主要道路が警察によって封鎖され交通が麻痺。我々も道路封鎖と夜間外出禁止令の情報を受け、予定を早く切り上げてホテルに戻りました。

このデモ騒動の中で、20人前後の若者が警察に殺されてしまいます。この「死者が出てしまった」という事実が、Z世代の若者を爆発させる決定打になりました。

そして、その若者が攻撃されたり殺される動画が唯一サービスを継続できていたTikTokで拡散され、若者たちの怒りにさらに火を注ぐことになります。ホテルに戻るタクシーの中で、タクシーの運転手がTikTokを見ながら「今こんなことが起きてるぞ」と教えてくれましたが、多くの国民がこのようにTikTokで怒りを膨らませていたと推察されます。

政府に従って登録していたため唯一アクセスできていたTikTokが、逆に政権転覆に向けた情報拡散に大いに貢献してしまったというのは、皮肉としか言いようがありません。

とはいえ「じゃあ政府はTikTok含め遮断していれば、政権転覆を防げたのか」というと、その前年のバングラデシュやアラブの春の事例をみる限りでは、結局SNS再開後に多くのショッキング動画が拡散されて一気に国民の不満が爆発することになるので、先延ばしにはなったとしても、結果としては同じ結末を迎えていたのではと思います。

9月9日:ネパール4日目

この日は朝から外出禁止令が発令され、我々は終日ホテル待機となりました。レストラン付きのホテルだったのが幸いし、食に困らずに過ごすことができました。学生たちも刺激的な異文化体験に疲労も溜まってきており、いい休養日となりました。ランチとディナーは学生と一緒に食べ、そこまでに入手した最新情報をシェアする形を取りました。

この頃には、収まらないデモに政府もいい加減やばいと思ったのか「SNSブロックは誤りだった。アクセスを再開します」と大臣辞任とともにアナウンスをしますが、もう勢いづいたZ世代のデモは止まりません。

デモ隊と警察の衝突は続き、カトマンズ各地で煙が上がりました。9日午後には国際空港が閉鎖され、首相が辞任とともに国外脱出するとニュースが広がり、デモ隊が空港にも押し寄せていたようです。

我々外国人としては、国際空港が閉じられてしまうと脱出できないので、色々と焦りが出始めました。今持っているチケットは11日発。あと2日。なんとか頼むよ、という気持ちでした。

そんな中、個人的にショッキングな映像も入ってきました。政府の高官が襲われている動画などはまぁ想定内だったのですが、国会議事堂が燃やされている映像が入ってきたことです。

ここで私は疑問を感じざるを得ませんでした。「え?何のためにZ世代は国会議事堂燃やしてるの?」と。悪い政治を正すため、SNSブロックを止めさせるため、このために政府とぶつかるのは理解できます。でも、その後の政治の中心となる国会議事堂を燃やしてどうするのでしょうか。ネパール国のために全くメリットのないただの破壊行為ではないでしょうか。

これを見て、やや陰謀論的な考えですが、この騒動の裏にZ世代を焚き付けて国家転覆を企んだ何者かがいて、騒動に乗じてネパール自体を機能不全に陥れようとしているのでは?とさえ思ってしまいました。

その後もデモ、火災は続く制御不能な状態になり、軍や大統領が「もう目的は達した(首相は辞任した)のだから若者たち、落ち着こう」と代わる代わる呼びかけていました。

9月10日:ネパール5日目

今日は朝から雨が降っています。そのおかげで、周りを見渡しても煙は出ていません。この雨が火を消し、デモ隊の行動意欲をそぐ、恵みの雨となることを祈るのみです。

この日も外出禁止令が出ていたため、この日もホテル待機です。この頃には、SNSブロックも徐々に解禁され、ホテルで映画を見たりゲームをしたりと、学生たちもそこまでストレス貯めずに過ごすことができていました。

そして、軍が治安維持を主導するというニュースが入ります。(その前年のバングラデシュの政権転覆時も、警察が機能不全に陥り、軍が介入して場を収めています。)実際に、街を見ると軍の関係者がそこらじゅうにいて、物々しくはありますが、治安は安定してきたように見えました。その後、待望の国際空港運転再開が、正午より予定されているという嬉しいニュースが入ってきました。

我々のチケットは11日なので「再開初日はキャンセルの人も殺到して空港は大混雑になるだろう。今日再開してくれれば、空港カオスは10日である程度収まるはず。頼むから今日開いてくれー。」と願い続けました。

ところが、空港再開は18時以降に延期になったという続報にがっかりします。多くの外国人が国外脱出を画策しているため、もし我々のフライトがキャンセルになったら、7人の大所帯なので、再手配が大変です。念の為オンラインで見てみても、12日のフライトもすでに満席になっています。今回の旅行を手配してくれた旅行代理店とも連携をとりながら、欠航になった場合の対応も検討しました。

祈るように待っていると、16時過ぎに空港が再開したというニュースが入ってきました。「頼むからこのまま運行続けてくれよ・・」と祈りながら、翌日の空港行きタクシーの手配をし、最後の夜を過ごしました。

9月11日:ネパール6日目→中国(成都でトランジット一泊)

ホテルの方から「空港の混雑具合が読めないから、3〜4時間前には確実に空港に着いていた方がいい」と助言され、朝7時に眠い目をこすりながら空港へ。

ただ、タクシーから見える車窓は、デモ隊との衝突の跡として車や建物の燃えた跡などが見られ、「なかなか激しい衝突があったんだな」と再認識する状況でした。

空港に向かう途中に、我々が折り返しで乗る予定の成都発のフライトが無事飛んだことを成都空港のHPで確認し、「よし、欠航はなさそうだ」と軽くガッツポーズしました。

空港は予想通りややカオス状態で、通常より明らかに多い人たちがチェックインに列を作って待っていました。カトマンズ空港は航空会社の数よりチェックインカウンターが少ないため、1時間おきくらいにそのカウンターでチェックインできる航空会社が変わります。

そのため、早めにきて数時間後のフライトを待つ人と、締め切り時間直前にカウンターに駆け込む人たちが同じカウンターに列をなすことになり、ある程度の図々しさと慣れが必要な状況になっていました。

しかも、我々のカウンターはAir Indiaの後の中国国際航空だったので、インド人と中国人というパワーのある2カ国の人たちに負けないようにチェックインするという試練でもありました。

そんな苦労もありながらも、予定通り出国審査を終えることができ、大学の関係者や旅行代理店にお礼のメールを送りつつ、出発を待ちました。そして予定通りにフライトは飛び、ネパールに別れを告げました。

帰りもトランジットで成都に一泊でした。成都では、往路でトランジットホテルにかなり振り回されたので、別途空港近くのホテルを予約し、古いながらも快適な夜を過ごすことができました。

ホテルのスタッフは英語ができなかったのですが、Google翻訳などのアプリで結構会話は成立し、デジタル時代の便利さも感じることができました。ただ、せっかくの四川に来たのに激辛な麻辣料理を食べれなかったのだけが悔やまれます。

9月12日:中国→東京

予定通り帰国。どっと疲れは出ましたが、大事なく帰国できて一安心でした。

結果的にこうやって帰ってきてみると、トラブルはあったものの、学生にとってはものすごく貴重な体験になったのではと感じました。

それは、当初の予定になかった政権転覆をその目で見て現地で体験したことの価値です。この何が貴重かというと、彼らと同じZ世代がこのムーブメントを主導したということです。つまり、自分たちの世代が社会を国を変えたところを目撃したということです。

日本にいると、多くの若者は選挙にも行きません。つまり、自分たちで国を変えれると思っていないということです。そのような変化の少ない環境にいた若者たちが、国は違えど同世代が国を変えていくところを見たというのは、かなり大きな心理的インパクトになったのではと思っています。

まとめ

この記事では、主にネパール国内の出来事を中心に書かせていただきました。学生の変化も見ていて感じることも多くあり、それも別記事で近いうちに書いてみようと思います。

私も海外経験は長いですが、このような事件に巻き込まれたのは初めてで、色々と考える良い機会になりました。

安全管理という点もそうですが、SNSが社会、特に若者に与えうるインパクトなど学びも多い体験になりました。昨年のバングラデシュ(下記記事参照)やアラブの春との違いを現場で考察する機会にもなりました。

最後に、この記事を読んでいただいた方に声を大にして言いたいのは、「たびレジ」は必ず登録しましょう!ということです。ツアーの場合でも、代表者だけでなく全員に登録させておきましょう。

トラブル時は情報が命です。SNSやインターネットが遮断された状態だと、代表者がツアーメンバー全員にリアルタイムな情報を流すのが難しくなることもあります。その際にも、大使館からの安全情報が届くたびレジは重要な情報源になると思います。

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