ボスニア・ヘルツェゴビナの情報カリキュラム導入支援

平和構築
美しいモスタールという町。内戦で破壊された橋は修復されている。この町から本プロジェクトが始まった。

ボスニア・ヘルツェゴビナに来ています。
この国ではJICAがちょっと変わったICT4Dプロジェクトを実施中なので紹介です。
まず、ボスニア・ヘルツェゴビナと聞いて思いつくのは「民族紛争」じゃないかと思います。この国では、クロアチア人(カトリック系)、セルビア人(正教系)、ボシュニアック人(ムスリム系)といった異なる民族がそれまでは良い関係で共存していたものの、1992年から1995年まで内戦状態でした。

内戦で壊れた建物

内戦で壊れた建物

内戦での銃弾の跡

内戦での銃弾の跡

1995年のデイトン合意をもって内戦は終了したものの、民族間のわだかまりは残りました。国自体が、ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(クロアチア人、ボシュニアック人)、スルプスカ共和国(セルビア人)という二つの行政単位にわかれており、さらにボスニア・ヘルツェゴビナ連邦は10つの行政単位(Cantonという)にわかれ、それぞれクロアチア系のCanton、ボシュニアック系のCanton、両民族のミックスのCantonなどに分かれている。要するに内戦は終わったものの、3つの民族がそれぞれ別々の統治体制を持ちながら、1つの国になっているという独特の国である。

このようなバラバラな国なので教育制度も3民族で統一されてはいない。中には、学校内で民族毎に違う教室を使って違う教育カリキュラムに沿った授業を受けているということも。まずは若者同士の民族間の理解が国の安定には重要ということで、JICAが支援しているのが、統一カリキュラム導入支援。この対象が「情報(IT)」科目である点が興味深い。
本プロジェクトの概要はリンクにあるので省略し、情報科目の支援という点にフォーカスして以下、個人的な思いを述べたい。

他ドナーも同様目的から統一カリキュラム導入支援を行ってきたが、本プロジェクトほど成功しているものはないという。なぜだろうか?
成功要因は以下の点であると考える。

  • 日本は政治的・宗教的な背景を持たず各民族に公平な支援が可能である: 他ドナーは各国の思惑が見え隠れしたり、宗教の違いから3民族全てから受けいられるというのが困難だが、無宗教かつ政治的背景がないので、受けいられやすい。
  • 日本はIT技術の先進国である: 韓国や中国に押されているといいつつも、まだIT先進国というブランドはある。
  • ITは各民族の文化や歴史とは無関係である: 国語や社会では、それぞれの言語や文化といったハードルがあり、異なる民族間での統一カリキュラム導入は困難だが、情報科目であれば状況は違う。
  •  IT技術は年々新しくなるため学習内容のアップデートが必要である: 教科書やカリキュラム内容の改定が頻繁に必要となるため、異なる民族間での協議(交流)が継続的に必要となる。

これらの要因をみると、日本の優位性をうまく活かせており今後のIT分野支援においても同様の強みを活かすことが出来る可能性が考えられる。例えば、情報セキュリティ分野においては、政治的な背景のある中国製品を用いた場合、情報を盗まれるリスクを感じる国はあるが、日本製品であればそういったリスクを感じる国は少ないだろう(実際、米国下院情報特区別委員会は中国の通信機器大手の製品を使用するとスパイ行為にさらされる危険があると指摘した報告書を公表しているし、政府調達制限の動きもある)。また、ルワンダやコソヴォなど民族紛争があった国への支援において、IT分野は日本が介入しやすい分野なのでは、とも考えられる。

このプロジェクトはICTを活用した平和構築という非常に特殊なプロジェクトであるが、インフラとしてのICTやサービスとしてのICT利用といった、主流のICT4Dプロジェクトとは、違ったICTの可能性があり非常に面白い。

最後に、
クロアチア国と一緒になりたいクロアチア人、セルビア国と一緒になりたいセルビア人、そして、もし両民族がそれぞれの本国と一緒になった場合、「ヨーロッパにポツンとできるイスラム教国」の設立を阻止したい国際社会(米国)…、という状況で、異なる民族が共存するボスニア・ヘルツェゴビナ。「情報科目」教育がこのお国の民族融和、平和・安定の促進に繋がることを願っている。

美しいモスタールという町。内戦で破壊された橋は修復されている。この町から本プロジェクトが始まった。

美しいモスタールという町。内戦で破壊された橋は修復されている。この町から本プロジェクトが始まった。

 

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コメント

  1. Kanot Kanot より:

    東欧の民族問題は本当に難しいですよね。私もコソボに出張に行き、アルバニア人とセルビア人がそれぞれの母国に思いを馳せながら、かろうじて国家として運営しているのを目にし、色々と考えさせられました。2年前ですらアルバニア人居住区域にはアルバニア国旗が、セルビア人居住区域にはセルビア国旗が、そしてその境目の橋には戦車と軍隊が・・・という状況でした。
    コソボから帰ってきて読んだ「石の花」という漫画が、多民族国家ユーゴスラビアや、その指導者・英雄チトーを描いていて、とても勉強になりました。
    ICTとは全く関係ないコメントですみません(笑)

    • tomonarit より:

      コソボも複雑ですね。しかし、ホントになんとも考えさせらてます、今、まさに。
      「石の花」ですね。初めて知った漫画ですが、帰国したら読んでみようかな。

  2. […] そして、以前、このブログでも取り上げたように、中国製通信機器を政府調達から除外するなどの動きもある。 […]

  3. […] 以前もこのブログで書いたことがあるけれど、サイバーセキュティ分野は、宗教色や民族色、政治色が薄い日本だからこそ他の国々から頼りにされる分野なんじゃないかと思います。あまり知られてないかもしれないですが、JICAでもインドネシアで情報セキュリティ能力向上プロジェクトという技術協力を行ったりしてます。 […]

  4. […] 以前もこのブログで書いたことがあるけれど、サイバーセキュティ分野は、宗教色や民族色、政治色が薄い日本だからこそ他の国々から頼りにされる分野なんじゃないかと思います。あ […]

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