日本のIT人材戦略の展望と課題(2020年)

アカデミック

IT人材の獲得競争に勝つには、従来の常識にとらわれないIT人材戦略を導入できるかが鍵

ガートナー・ジャパン株式会社(以下、ガートナー)

こんにちは、Kanot(狩野)です。安宅和人氏の「シン・ニホン」とガートナー社のIT人材戦略に関する発表を読みました。日本のIT人材戦略について色々と考える機会になったので、まとめておきます。

常識にとらわれないIT人材戦略

ガートナー社によると、今後、世界のIT人材不足はさらに悪化し、企業は従来の常識の枠を超えた斬新なIT人材戦略を導入する必要があるようです [1]。同調査での世界のCEO/経営陣向けアンケートでも、人材管理がビジネス成功の改善事項の上位に上がっています。

では、常識にとらわれないIT人材戦略とは一体何なのでしょうか?

ガートナー社によると、「イノベーションを推進できる人材は、そもそも従来のスキル・マップには存在しないため、従来の習慣を前提にした人材のスキルはミスマッチであり、イノベーションの変化へのスピードへの対応も困難な状況」とのことで、従来の人材モデルを転換する必要があると指摘しています。具体的には、スキル・ベースの人材獲得から、プロファイル・ベースへのシフトという、技術だけでなくビジネス・スキルや価値観も含めた総合的に評価したIT人材を採用していく人材戦略に転換していく必要があるとのことです。

プロファイル・ベース、なんとも、就職活動でよく言われる「コミュニケーション能力」と同じくらい定義のフワッとした言葉ですね。私なりに解釈すると、AIができないこと、つまり様々な要素・状況を比較して適切な課題定義と解決策を提案できる人、という感じでしょうか。これまで以上に様々な経験が問われるようになってくるのは間違い無いですね。

また、働き方としても、2025年までに日本のIT人材のうち5万人がインビジブル・タレントと呼ばれる国境を越えて働く人材となり、現在の5倍になるとのことです。(もしかすると、このコロナ騒ぎで、もっと増えるきっかけになるかもしれません。)

日本のIT人材戦略

では、日本のIT人材は実際にどのような状況なのでしょうか。

まず、日本のIT人材の現状としては、経済産業省が2016年に発表した資料がよく参照されますが [2]、日本ではIT人材が2030年に最大79万人足りなくなるという衝撃的なデータが出されています。

では、日本はそのようなIT人材戦略のシフトに合った人材を育成できているのでしょうか。

日本の現状を見る限り、答えは残念ながらNOのようです。 これに関しては、2020年出版の安宅和人氏(ヤフー株式会社 CSO(チーフストラテジーオフィサー)の「シン・ニホン」が、詳細なデータを元に現在の問題を指摘しており、「日本がもう一度立ち上がるために喝!」、といった内容になっており、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです [3]。同書では、日本はこのまま手を打たないと中進国になってしまうと警告し、打つべき手を数多く提案しています。

Bitly

大学におけるコンピュータ関連の弱体化

以下、「シン・ニホン」からのデータを元に、日本が抱えている課題を紹介します。まず、日本のコンピュータ・サイエンス(計算機科学)の大学教育に関して疑問を投げかけていて、世界の大学ランキングでは、コンピュータ・サイエンス分野の競争力は、国内トップの東大でさえ世界135位という燦々たる状況(物理8位、化学22位と比して著しく低い)で、下図のとおり、世界が注力している分野から完全に取り残されている状況です [3]。

出典:シン・ニホン

次に、今後のマーケットの主戦場となる「データ x AI」で戦う人材が必要になっていくのですが、この分野のエンジニア・専門家が極めて足りないと指摘しています [3]。これは私も感じてきたことですが、日本のIT業界は、SI(システムインテグレータ)を起点とする分業体制が引かれてきたこともあり、自分で多くのことをできる人が育成されていないというのは、私がSEだったことにも感じていました。ウォーターフォール型の開発はこの分業体制が合うのですが、最近増えているアジャイルなどとの相性はよくないと感じています。ここは最近ではDeNA、サイバーエージェントなどの登場により少しずつ変わってきていますが、多くのIT大手はまだまだ変わっていないという印象です。

実際に、海外のICT大手からは、「もっともデータxAI人材が手に入らない国」「日本だけ基準を下げないと人が採れない」と言われているそうです [3] 。この理由の一つに、またもや大学教育があるようで、MITやスタンフォードでは事実上ほぼ全員の学部生がコンピュータ科学を主専攻または副専攻で学んでいるという事実があるのに対し、日本ではIT専攻の人しか基本的に履修しないとのことです [3]。

この点(日本でITを学ぶ大学生の少なさ)は、私もアメリカで感じていることですが、現在私の所属するミシガン大学のSchool of Informationは、データサイエンティストやWebエンジニアを育成する専攻なのですが、「データ x AI」関連の授業はすぐ満員になり、他学部から「登録させてくれ」とリクエストが殺到している状況で、登録生徒の2割くらいは専攻外から来ている印象です。この「素養の差」は、いくら日本式の入社後に研修するという形でも、そう簡単に埋まるものではない気がしています。特に、IT系の仕事に進まなくてもこういった素養を持って社会に出るという差は非常に大きいものと思います。

理系人口の減少

そして、理系人口が減っているというのも潜在的なIT専門家の養成という点で厳しい状況だと思います。下図の通り、先進国で理系人口が減っているのは日本だけです [3]。

出典:シン・ニホン

理系人口が大事な理由は、ずばり数学です。データサイエンスや機械学習をかじったことがある方は感じているかと思いますが、表面的にデータ分析をする分にはPythonやRといったプログラミング言語を学ぶことでどうにかなるのですが、深いところに立ち入ろうとすると、必ず線形代数と統計学が立ちはだかります。この辺りは、社会人になってから身につけるにはなかなかハードルが高いので、頭の柔らかい大学時代に身につけると強いと思います。私はここをさぼったため、機械学習は深入りできない状態です。

巻き返しになるか?プログラミング・スクール

このようなIT人材不足の一つの解決策として、短期間でプログラミングを学習するプログラミング・スクールが出てきています。例えば、Dive Into Code社では、4ヶ月のフルタイムトレーニングで、自立できる機械学習エンジニアを育成するプログラムなどを提供しています。

ディープロ(DPro)
年齢・学歴・経験問わず、実践力をつけて活躍するエンジニアへ / 経済産業省・厚生労働省公認で、給付金対象講座を開講

こういったサービスにより、IT業界への転身のハードルが下がることは素晴らしいことと思います。大学などの強化によるIT人材を育成していくのと並行して、他の業界からIT業界に引っ張ってくる仕組みも重要です。

日本の外国人IT人材採用戦略

では、足りない人材を埋めるための外国人採用戦略はどうなのでしょうか。前述の通り、日本は2030年には最大79万人、IT人材が足りなくなると言われています [2]。そのため、経済産業省は開発途上国等の外国から高度IT人材に日本に来てもらおうと、ビザ要件緩和等で動きはじめています。

日本の給与水準の競争力が低下

一方、実は日本の給与水準は国際競争力を失いつつあります。中国人は日本の人件費の10分の1だからとオフショア開発が進んだのはすでに昔の話です。例えば、清華大学などの上位校卒業者の初任給は20万円と日本と遜色のないレベルまで上がっていて、全国平均でもITエンジニアは10万円程度まで上がっているそうです [4]。ファーウェイなどは、800万円などの特別採用をしていて、博士号取得の研究者だと初任給で1,000万円を超えるオファーも出しています。

インドに関しても同様で、多くの日本企業がようやく外国人を日本人と同じ給与で新卒採用する(つまり月20万円程度)ところまで舵を切っている間に、海外企業はインド工科大学のトップ層に年収1,000万円を超えるオファーを出しています。結果、トップ層を日本に呼び込むことは非常に難しい状況です。

その結果、日本は、中国やインドではない人件費の安い国をターゲットにせざるを得なくなってきており、JICAをはじめ多くの民間企業がベトナム・バングラデシュなどの開発途上国でIT人材を育成し、日本で活躍してもらうという事業を始めています。 (参考:バングラデシュ関連記事ベトナム関連記事

私が恐れる未来

これ自体は、人口減の中での日本の正しい生存戦略なのだと思いますが、私が問題視しているのはその業務内容です。つまり、「日本に最新のIT技術を持った人材がいないから海外から採る」ということは、外国人に競争力のある高付加価値業務を実施してもらい、日本人は従来の低付加価値業務を行う、という形になってしまいます

実際に、私がとある企業の社長と話をした際に、「機械学習とか最新の業務だと、日本人よりベトナム人のほうが人件費も安いし人材も多い。」という話をききました。こういった、専門人材を海外から借りざるを得ないという状況と言う状況は、まさに中進国や開発途上国の現状と近いと感じます。本来は、少ない日本人で高付加価値業務を回し、海外にそれ以外の業務をアウトソースすると言う形を目指すべきだと思います。少なくとも10年前まではそうでしたが、気がついたら逆になってきています。

日本としても、(当面は外国人の手を借りて優秀な人材を雇うしかないとはいえ)、将来的には大きく舵を切って競争力のある人材を、大学・企業で育てていく必要があると思います。

参考文献

  1. ガートナー・ジャパン株式会社. (2020). https://www.gartner.com/jp/newsroom/press-releases/pr-20200303.
  2. 経済産業省. (2016). IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果.
  3. 安宅和人. (2020). シン・ニホン
  4. 牧野武文. (2018). 「どこまで発展する!? 中国のびっくりIT最新事情」第7回 中国IT企業の初任給は日本よりも高い? 安い?

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コメント

  1. Ozaki Yuji より:

    クリティカルシンキングは国語の授業でやる、ということを最近知ったOzakiです。

    私は「IT人材が不足」という話はマユツバだと考えています。
    IT人材の居場所や立場(生み出せる価値)の数に見合った人材量が労働市場に供給されている、と考えているためです。
    IT人材が価値を生み出せるような居場所を作るのは経営の仕事。
    その経営側が「IT人材」に対して、「技術でビジネス価値を生み出す」方向ではなく「技能で既存人員を介護する」方向に利活用しようとしているんだから仕方ないですよね。
    「IT人材」を、組織内のIT事務処理の介護要員として利用する場合、IT人材は売上における「数字」を持たない間接業務要員(常に削減対象となるコスト)に留め置かれてしまいます。IT人材には給与じゃなく介護報酬を支払う感覚かもしれません。
    なんとなく、「介護業界のひとでぶそく」と重なるところがありますね。

    その「IT人材」が組織の変革を志向したとしても、大多数の組織内要員を、高度な(笑)コミュニケーション能力を振るって全て個別にお願いベースで説得するところからのスタート、という感じで、技術や技能以前の問題ですわな。

    そういう直接業務とか間接業務などの枠を超えた戦略が、ガートナーの言う『従来の常識の枠を超えた斬新なIT人材戦略』なのかな、と。

  2. Kanot Kanot より:

    Ozakiさん、なるほど、「技術でビジネス価値を生み出す」方向ではなく「技能で既存人員を介護する」方向に利用しようとしてる、というのは面白い感覚ですね。つまり、投資ではなくコスト、という感覚に近いということですよね。私がいた組織でもなんとなく立場的に弱かった気がします。

    • Ozaki Yuji より:

      コスト感覚と言えば…。
      日本国内については、ここ20-30年ほど、企業や役所などを含む既存組織の多くで、コストカットをすごくがんばってきて、それが上手い人が評価されて実権を手にしている、って感じはします。
      そういう人たちにとっては「効率化=イノベーションの結果」なので、今更「R&Dに投資し、イノベーションで新しい価値を…」方向を目指そうとしても、何をやったらいいのかワカラナイのかもしれません。マジで(苦笑)。

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