バングラデシュ人IT技術者が日本に就職することはバングラのためになるのか?

アジア・大洋州

こんにちは、Kanot(狩野)です。先日、e-Educationの三輪さんがゲスト参加していたポッドキャストFairly.FM(私が先日参加したものはこちら)にて、主催者のいつろーさんからの「バングラデシュ人のIT技術者が日本に行くことはバングラデシュのためになるのか?高度人材を流出させてるだけでは?」といったような質問に答えていく中で(Fairly.FM収録の53分辺りから)、三輪さんが私の名前が挙げてくれましたので、私の思うところを書いてみようと思います。少し長くなりますが、ご容赦ください。

B-JETプログラムとは?

まず、前提情報として、話題になっていたB-JET(Bangladesh-Japan ICT Engineers’ Training Program)というプロジェクトについて簡単に説明します。B-JETは、JICAがバングラデシュで実施している技術協力プロジェクトで、ITを大学で学んだ若者(主に20代)に対して、日本語教師の資格を持った日本人専門家チームが日本語をダッカで3ヶ月間みっちり教え、それをもとに日本のIT企業に就職してもらおうというプロジェクトです。

これまでのJICAの技術協力プロジェクトと違うのは、B-JETの卒業生たちは日本に「研修」に来るのではなく、「就職」に来るという点です。つまり、JICAが責任を持つのはダッカでの日本語教育までで、日本側の企業側は、ただの研修生受け入れではなく、社員として雇用し、ビザ手配なども行うなど、一定の責任が伴います。つまり、企業側も本気でB-JET生を面接し、採用可否を決めています。

一方、来日が決まった場合、「就職」となるため、期限を決めない雇用となり、ビザ・雇用状況にはよりますが、そのまま日本に長期間滞在することも可能になります。本国に戻らない人もいるかもしれません。そのため「高度人材を流出させてるだけでは?」「日本だけが得をしてるのでは?」という疑問が出て来たのだと思います。これに対する私の回答としては、以下のようなものです。

私の回答

質問. バングラデシュ人のIT技術者が日本に行くことはバングラデシュのためになるのか?高度人材を流出させてるだけではないのか?

私の回答(希望的観測も含む):

  1. バングラデシュ:短期的には人材流出だが、長期的にはメリット
  2. 日本:圧倒的にプラス
  3. 来日するバングラデシュ人にとっては・・・日本がんばれ!

以降で一つずつ説明していきます。

回答1. バングラデシュ:短期的には人材流出だが、長期的にはメリット

バングラデシュの雇用事情

確かにこのプロジェクトによって優秀な若手が日本で就職することになります。それは確かに頭脳流出(Brain Drain)ではあります。しかし、三輪さんも触れていましたが、現在のバングラデシュは、国内の大学で育成されるIT人材の数と、国内のIT企業が吸収できるIT人材数にはギャップがある状況(供給>需要)のと、より魅力的な仕事内容・給与で仕事を探し続けている人が多いのが状況です。その彼らに日本に修行に行ってもらう(職を提供する)のは雇用・成長の両面にとって良いことだと思います。

頭脳流出と頭脳循環

しかし、このままではバングラデシュの国内IT産業が育たないのでは?と思われるかもしれません。ですが、アジアなどのITで成功している国を歴史的に見ていくと、同じような経緯を経て成長しているケースが複数あります。カルフォルニア大学バークレー校のサクセニアン教授が「頭脳循環(Brain Circulation)」として提唱しているのですが、現在IT大国となっている多くの国(インド、中国、イスラエル、台湾)などでは、数十年前は今のバングラデシュのように、多くのIT人材がアメリカを中心とする先進国に流出することに頭を悩ませていました。ところが、それらの人材またはその子世代が、先進国で培った技術や人脈を持って帰国するケースが相次ぎ、それらの人材を原動力として、現在のようなIT大国に成長したという歴史があります。例えば、これらの人材は中国では海亀とも呼ばれ、中国で破格の待遇を受けているとNHKにて特集されていました。

長期的な視点でのビジネス環境整備

では、バングラデシュでもただ時間さえかければ、このような頭脳循環になるのでしょうか?答えはNOです。前述のサクセニアン教授によると、頭脳循環で成功している国にはいくつか共通する点があり、(1) 高等教育に多くの投資をして来たこと、(2) 政治的・経済的に安定していることなどが挙げられます。これらは、(1) 人材が海外企業に雇ってもらえるレベルにあること、(2)流出した人が戻って来たくなる環境ができていること、と言い換えることもできます

ですので、私の見解としては、現在のバングラデシュのIT産業を見る限りでは、雇用吸収力・技術力共に足りないため、海外で就職してもらうのは価値があることだと思っている一方で、バングラデシュ政府として、これらの流出した人材が将来的に戻って来たくなるような政治・経済的安定性であったり、起業家・ビジネス支援であったりといった施策をとっていくことが重要だと思います。アフリカでもガーナなどでは国内に機会が多くあると認識されて来ていて、外国から優秀な人材が戻って来始めていると言う研究もあります。

日本に行った人材が育つこと、そして本国の環境が整うこと、その両方が成立したときに初めて、日本のビジネス環境で育ったバングラデシュ人エンジニアが帰国し、イノベーティブなビジネスを展開したり、日本とバングラデシュの架け橋として両国を繋ぐビジネスを展開するなど、日本とバングラデシュ双方にプラスとなる状況になるものと思います。

例えばBJIT社などは、バングラデシュ人である会長が、日本での長い経験をもとに、母国でエンジニアを雇ってオフショア開発会社を立ち上げ、まさに日本とバングラデシュの架け橋になっています。

回答2. 日本:圧倒的にプラス

バングラデシュ人は日本人の仕事を奪うのか?

バングラデシュ人が日本に来ると聞いて、「日本人の雇用が奪われる」と感じますか?少なくともITの世界では、これはNoだと思います。以下のグラフを見ていただけたらと思うのですが、日本ではIT人材が圧倒的に足りていません(2030年には最大79万人不足します)。企業側は人材を採りたくても採れない状況です。

経済産業省「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」より抜粋

そのため、バングラデシュ人が就職してくれることで日本人の仕事が奪われるとは考えにくいと思います。つまり、少なくともIT業界に関して言えば、現在ヨーロッパが面しているような雇用を奪われると言う懸念は起きにくいと考えます。

また、今後、日本が国際的なマーケットで戦えるようになっていくためのステップとして、異文化・異言語の人たちが職場にいるということは、単一民族、単一言語で育って来た多くの日本人にとって、とても良い刺激になるのではと思っています。

地方創生

そして、B-JETに関して非常に興味深いのは、地方創生との関連です。実はB-JETの日本側受け入れ企業の中心になっているのは、宮崎県にあるIT企業たちです。その中でも教育情報サービス社が中心になって人材受け入れを進めてきました。(正確に言うと、宮崎市・宮崎大学・宮崎IT企業の連合チーム。)宮崎では、先ほどのグラフで示した人材不足に加えて、都会への人材流出などで人材確保に苦労して来ました。そのような中、「雇用がないバングラデシュ人IT人材」と、「人材不足の地方都市」という組み合わせは、人材育成という国際協力の目標を果たしながら、日本の地方創生にも貢献できるWin-Winなモデルとして注目されています

回答3. 来日するバングラデシュ人にとっては・・日本がんばれ!

本来はここは自信を持って「日本には成長の環境があるからぜひおいで!」と言いたいところなのですが、特にアメリカなどに行った場合などと比較して、正直そこまで強く言い切れない自分がいるのが正直なところです。特に気になっているのは以下の4点です。

英語力(日本側)

まず、私がJICAにいた際に様々な日本企業と会っていて感じていたことですが、まだまだ大手を中心に「人材は欲しいけど日本語がネイティブ並みにできないとダメ」という企業が大多数という印象で、そのような状況下でどのようにバングラデシュ人の持つ技術を活用し、うまく育てていけるのか、という点が気になっています。年功序列も彼らにとっては魅力的ではないですね。

技術力(日本側)

先日とあるIT企業の方から「実はAIなどの最新技術に関しては、日本企業よりベトナム企業などの方がよく学んでいて、値段も安く、人材も揃い、質もいい」と言われたことがあります。これは私も薄々感じていたことではあります。日本は大規模システムなどの設計・実装に関しては経験と技術を有していると思いますが、最新技術を取り入れたサービス展開・人材育成などに関しては、一部のベンチャー気質のあるIT企業やスタートアップを除いてはあまり多くない印象であり、この環境で優秀なバングラデシュ人IT人材が満足する技術や知的な経験を与えられるのだろうかという疑問があります。逆に言うと、こういった知的経験を与えられる環境を用意しない限り、彼らは転職や離国をしてしまうと思います。

文化許容力(日本側)

研究の過程で、多くのバングラデシュ人やルワンダ人のIT人材にインタビューをしているのですが、ほとんどの方は日本人のホスピタリティに非常に感謝しています。日本の排他的な文化は外国人には辛いのでは?と前まで思っていたのですが、この点はいい意味で裏切られています。「迷っていて相談をすると、離れていたのに、その場所まで連れて行ってくれた」などの話は、驚くほどよく出てきます。ただ、こういったホスピタリティが、長期滞在となって来たときにも同じように許容力が高いと感じれるものかどうかはまだわかりません。中国や韓国と違ってポップカルチャーの文化も違うこともあり、長期滞在が彼らにとってどれだけ魅力的なのかはわかりません。

ビジネス文化適応力(バングラデシュ・日本双方)

この点は、日本・バングラデシュ双方が努力をしなければいけない点ですが、日本とバングラデシュのビジネス習慣は大きく異なります。時間感覚も大きく異なります。これらの点については、エリン・メイヤーの「異文化理解力」や、M-time & P-timeといった文化差としても議論されていますが、どちらが言い・悪いではなく、文化です
ですので、双方がある程度お互いの価値観・文化を尊重して進めていかないと、日本人が思いもよらないところでバングラデシュ人の不満を抱かせていたり、逆に知らないうちに日本人を怒らせていたりするかもしれません。

逆に、こういったビジネス・文化の違いを事前に学ぶことで、行く側も受け入れる側もスムーズに活躍できるようになるのではとも思っていて、B-JETのバングラデシュで行う研修や、日本企業が来日外国人向けに行う研修に協力させていただいています。

さいごに

IT技術的なメリットで言えば、正直アメリカに行った方が得るものは多いのだと思いますが、他国にはない独自の価値観や考え方を、彼らに与えらえる可能性を日本は秘めているとも思います。そしてそれらの日本の強みは、実はまだあまり可視化・形式化されていないのではとも考えています。そして、それこそが、バングラデシュからわざわざ日本語を学んで来日してくれた、バングラデシュの将来を背負っていく若者に日本が与えらえることではないかと思います。

願わくば、数十年後、「2020年ごろに日本のIT企業で働いていたバングラデシュ人が技術的・ビジネス的に成長し、彼らが日本とバングラデシュの架け橋として、日本とバングラデシュの両国の経済成長に貢献している。あの頃に日本に人材を送ったことは、バングラデシュ・日本の双方にとって非常にメリットが大きかった。」といった話になるといいなぁと心から思いますし、今後もそのために色々と提言していきたいなと考えています。

なお、このコメントは100%私の個人的な見解であり、B-JET等の見解を代表するものではありませんので、そこは誤解なきようお願いいたします。

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コメント

  1. 久松祥子 より:

    はい!🙋‍♀️バングラデシュに1年間滞在し、バングラデシュ人と結婚し、現在大阪に住んでいます。三輪開人さんには学生時代にお世話になりました(三輪さんは覚えていないと思いますが)。
    あくまでバングラデシュ人を人材としと見ているにとどまる文章のように思います。
    彼らだって人間、「日本で生活する」と言う上では様々な障壁があるのも事実です。私の夫も現在は大阪で定職に就いていて仕事には満足していますが、将来的にはバングラに帰ろうと思っています。日本にバングラデシュ人が定着する、というのは仕事に加えて外国人を受け入れる日本社会のあり方が問われるのではないでしょうか?

  2. Kanot Kanot より:

    コメントありがとうございます。おっしゃる通りですね。「文化許容力」の項目の中で「日本人の親切さに感謝してる」と書きつつも、「長期滞在になった時に同じかはわからない」と書いたのは、まさにその点です。観光客に対するおもてなしの感覚と、実際に同じコミュニティに住む仲間としての感覚にはまだ差があると思っていて、そこは日本が改善していかなければならない課題だと思ってます。

  3. […] くの民間企業がベトナム・バングラデシュなどの開発途上国でIT人材を育成し、日本で活躍してもらうという事業を始めています。 (参考:バングラデシュ関連記事、ベトナム関連記事) […]

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