なぜ我々は自国の政府よりもAppleやGoogleを信用してしまうのか?

こんにちは、狩野(Kanot)です。ネット上で面白い記事を見つけたので、翻訳してみました。引用元はこちらです。

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タイトル:なぜ我々は自国の政府よりもAppleやGoogleを信用してしまうのか?

Lesson 1:生体認証情報には気をつけなくてはならない。ただし国際的なIT企業である場合は除く。

我々は小さい頃から、指先(指紋)はすべての人が異なるものだから、その情報には気をつけないといけないよ、と教えられてきた。そして今なお、それは事実だ。

大人になるにつれ、その事実のダークサイドも見えてきた。指紋さえ盗めれば、その人のお金や携帯電話へのアクセスはもとより、罪のなすりつけなど、その人の人生を壊す可能性さえ秘めている。

何が言いたいかというと、指紋情報はこのくらい重要なもので、人に提供する際は十分に気をつけなくてはならないということだ。私はこれまで、選択肢がある場合は、多少手続きが面倒になっても生体認証は避けてきた。

この必要性については、皆さんもある程度同意していただけるのではと思う。

では、iPhoneに話を移そう。

私がiPhone 6Sを手に入れた時、「指先認証だけでロック解除できるなんてなんてクールなんだ!」と興奮したのを今でも覚えている。

ダブルスタンダードだと思う?私もそう思う。

いつも政府には生体情報を出すことを躊躇するのに、Appleには差し出してしまっているのが現状である。この話を友人にしたところ、多くの仲間たちもあまり深く考えずにAppleに指紋情報を差し出しているようだ。

そこで考えてみた。なぜ我々は政府に情報を出すのには躊躇するのにAppleには差し出してしまうのか?なぜ政府には懐疑的で、AppleやGoogleといったIT企業は信用してしまうのか?

Lesson 2:政府は自由に課金する

調べてみると、どうも「Appleは大丈夫そうだ」という仮説はあながち間違ってはいいようだ。Appleはこんな声明を出している。

指紋情報は端末のロック解除や特定のアプリケーションの認証に使われるのみであり、端末の中のみに保存されている情報である。Appleのサーバにアップされることもないし、iCloudに保存されることもなく、他の用途で使われることもない。

アンドロイドも似たような説明をしている。両社とも、指紋情報へのアクセスは最小限にする仕組みを作っているし、プライバシーを守ることに相応の努力をしているように見える。

もちろん、彼らが聖人君主だからこのようなことをしているのではない。ビジネスとしてその方が都合が良いからそれをやっているだけである。目的はどうであれ、情報保護にプライオリティをおいていることは信用に値する。

それと比べて、政府はどうなのだろう?そこには、また違った話がある。

2018年に私がパスポートを更新した時の話である。私の国の政府が、生体認証を導入し、指紋登録を要求するようになった。10年パスポートとして更新するためには指紋登録が必要で、その情報はサーバに記録される。仮に指紋登録を拒否した場合、更新は5年までとなり、かつ値段は同額である。非常に悩んだが、5年後に再更新する手間とコストを鑑み、しぶしぶ10年パスポートとして更新することとした。

しかし、このプロセスの中で、私は自分の唯一無二である生体情報を出してしまうことについて過去にないほど悩んだ。そして5年後の更新をさけるためにそういった情報を出してしまったことの不安や後悔が頭の中をかけめぐった。

同じ指紋情報を出すにあたって、この悩みを起こさせなかったケースがある。そう、iPhone(Apple)だ。

このケースを表にしてみると、以下のようになる。(Kanot注:この画像では下段が国連マークになっているが、政府を指していると思われる。)

Lesson 3:競争原理があるから信用できる

なぜ我々はAppleやAndroidをそこまで信用できるのか?一つは、(本当にやってるかの保証はないが)情報保持のルールやロジックを示している。そしてそれは競争を通じて改善が進んでいる。

一方、政府はその気になればやりたいようにできてしまう。もちろん国連などによる監視はできるのかもしれないが、どれだけ信用を失おうが、国家はよほどのことがない限り、存在できてしまう。AppleやAndroidが競争によってこの辺りのルールを積み上げてきたように、国家に競争はいまのところはない。

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筆者(Kanot)コメント

最近はFacebookなどを中心に情報保護は揺れていて、信用が落ちてきている感じはありますが、競争が働いている分、IT企業の方が信用できるというのは一理あるなと思います。そして私もあまり躊躇なくスマホに指紋登録してしまっている現状があります・・。

あとは、その情報を提供することによる、非常にわかりやすいメリットがあるというのも大きいですよね。指紋認証にしても顔認証にしても、毎日何百回とやっていたパスワード認証を省略できるというのは大きく、ついつい大事な生体認証情報ではあるものの、差し出してしまっています。

便利とは恐ろしい麻薬ですね・・。

“なぜ我々は自国の政府よりもAppleやGoogleを信用してしまうのか?” への2件の返信

  1. 国家(官僚や行政)には、無謬性(官僚・公務員・行政は間違いを起こさない)があることが特徴でしょうか。
    無謬性は健全な圧力(影響大きいから間違えたらあかんでー的なプレッシャー)として作用する一方で、「官僚は間違えてはいけない→官僚は間違えない→官僚がやったことは間違いではない」というオレ様的な発想にすっ飛んでいきがちなところでしょうか。

    とはいえ、この命題、AppleやGoogleではなく、日本国内で広く普及している某ポイントカードをどこまで信用できますか?と問われると…どうですか?

  2. Ozakiさん、コメントありがとうございます。確かにそういった形の信頼はあると思いますね(汚職があるとその前提が崩れますが・・)。某ポイントカードは私は使ってないですが、他のサービスが持ってない点の情報を持ってるんだろうなとは思います。ただ、あのカードはおそらく各店舗からはポイントくらいしか通信してなく、セキュリティ的には安全な印象です。

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