39歳、妻子持ち、無職になった

3. その他

こんにちは、Kanot(狩野)です。アメリカでの新生活セットアップもひと段落してきたので、少し振り返りをしてみます。

実は、今年の6月から8月までの3ヶ月間、無職生活を送っていました。(正確には有給休暇も含んでいますが、仕事をしなかった期間という意味で無職とします。)

実は、生まれてこの方、幸運にもキャリアの間を空けたことがなく、高校卒業の翌日に大学に入り、大学卒業の翌日に就職し、転職時も退職の翌日には次の会社に入社していたため、はじめて次の仕事が決まってない状態での生活でした(まぁある意味、今もその状態ですが・・)。

職の間が空くと、年金やら保険やらの手続きがやたら面倒なことなど、よくよくわかったのですが、精神的な面で、この無職期間に色々と感じることがあったので、将来読み返す用の備忘録も兼ねて書いてみます。

感じたことのない不安感

自分で選んだことなのでわかっていたことではあるのですが、安定した仕事がない状態の怖さを日々感じました。がんが見つかったらどうしよう、精神的に病んでしまったらどうしよう、いい仕事が見つからなかったらどうしよう、家族に何かあったらどうしよう、といった問題発生時への対応力が極めて低くなることを日々感じ、定職を得ていたことのありがたみを再認識しました。また、個人事業主や起業家など、個をベースに仕事をする人はこの不安感をずっと感じる事になるのでしょうね。

プレッシャーがないと論文書けない情けなさ

無職期間中にやりたかった論文書きはほとんど進みませんでした。人と会ったり、アイディアを議論したり、計画してデータ取ったり、ということは楽しくできるのですが、人の論文を読み、論文を書くということは、自分のセルフマネジメント力だけではできないことが改めてわかりました。これまではフルタイムで働いているから進まない、という時間制約の問題と言い訳していたのですが、もっと根深い問題のようです。締め切りや指導教官からのプレッシャー、ライティンググループへの参加など、自分に論文を書かせる仕組みが必要だと感じました。そして、このまま会社と二足の草鞋を履いていたら、自分の意思の弱さでは、博士論文を終わらせることができなかったのではとも感じました。

家族を振り回してる罪悪感

子供も小5、小3になり、自我が芽生えてきています。だんだん親に振り回されることへの抵抗感ができています。彼らは友達というコミュニティだけで生きているので、親の都合による転校などで友達と引き離すことへの罪悪感を強く感じます。10年後にはアメリカに行ったことを感謝してくれると思うのですが、今は無理でしょうね、、。

この点に関しては、日本人でありながらバングラデシュ人の中で子育てをしてる友人が、「そこで親が罪悪感を前面に出してはダメだ。僕は息子に『お前はこんな環境で過ごせて、ホントにラッキーだな』と、前向きなメッセージを日々伝えるようにしている。」と言っていて、ほんとその通りだと思いました。厳しい環境でもそれを前向きに捉えられるように、親がポジティブなメッセージを出すことはとても重要だと思います。

久々に強く感じる、仕事を選べるワクワク感

仕事を失うという事は、前向きに考えると、どこで何をやってもいいということでもあります。自分のスケジュールは自分で決められるし、どこで何をしててもよい。もちろん大学院卒業後の選択肢は世界中に広がっている。しかも人事異動と違って自分で選べる(これは、もちろん相手に選ばれればですが、、)。この感覚は組織人をしていた時は感じれなかったものだと思いました。

まぁ、実際に就職活動をしてみると、現実が見えてきて、不安感が増してくるという事態になるとは思いますが・・。

捨てる神あれば拾う神あり

定職という最大の神を失った自分ですが、失ってはじめて見えてくる繋がりがあることもわかりました。指導教官からオファーしてもらった研究助手の仕事だったり、昔からお世話になっている社長からの顧問契約オファーだったり、これまで仕事をした人たちから「一緒に仕事しようか」と声をかけていただいたりと、本当にありがたい話がありました。

厄介な点としては、こういった繋がりが本物かを事前に検証するのはとても難しいということです。例えば、飲み会とかで「一緒にビジネスやりたいね」とかいった話もあったりすると思いますが、こちらが覚悟を持って相談していない状態では、相手も覚悟を持った回答はしてくれないと思います。

人の繋がりが全て

この3ヶ月、いろいろな方に会いにいきました。大学教員から民間、非営利組織、国際機関の方まで、北から岩手、山形、宮城、茨城、東京、神奈川、静岡、金沢、大阪、兵庫、そして海外もバングラデシュ、カンボジア、タイ。もちろん金はかかったのですが、多くの方々と本音ベースの相談や議論をする事ができ、非常に勉強になったとともに、人の繋がりのありがたさ、暖かさを感じることができました。

昨今、リファラル採用という言葉により、コネがポジティブな言葉になりつつありますが、いい意味での人脈、コネは本当に大切だなと感じています。数年後の就職活動でも生きるといいなぁと思っています。

だらだらと書いてしまいましたが、本当に色々と考える期間でした。まだまだ、書ききれなかったので、決断をキーワードに次も書いてみようと思います。

コメント

  1. yukke より:

    自虐的すぎますよ。もっとポジティブに。さんざん大きな組織に仕えてきたのだから、3か月くらい休んだってバチは当たらんだろ、くらいでいいのでは。

    「感じたことのない不安感」->凄いわかる。昔ビートたけしがバイクで大けがして仕事できなかったときに、不安でしょーもない身の回りのTo Doをスケジュール帳に埋めて安心してたという話を聞いて、彼は仕事の虫なんだな、真面目にバカやってる人なんだな、と思ったのを思い出しました。

    「プレッシャーがないと論文書けない情けなさ」->大層なものを書かないと、と張り切るほど、前に進まないですよね。比較にならないかもですが、私が修士課程のとき(仕事はやらず学業専業でした)は、外部の研究会発表やら国際学会の発表やら他人の研究への口出しやらで、7本レポートや論文に名を連ね、優秀学生表彰とれました。確かに、このときは、指導教官が色々振ってくれて張り切っていましたが、題目の立て方の細かさ(人工知能だったので、シミュレーションを1つやって1本)にも助けられた記憶があります。ソフトウェアの初期開発でプロタイプは1週間で作れるものから作れ、というのと同じノリかな。

    「家族を振り回してる罪悪感」->これは、、私は失敗してしまったので何も言えません。。涙です、涙。

    「久々に強く感じる、仕事を選べるワクワク感」->いいなあ、20年前に修士修了時にGoogleで働いていたら、なんて思ってウィキペディア見たら、ドメイン名 google.com が登録されたのが97年9月15日だそうで、2週間後に修士課程に入った自分の今と比べると、全然伸びてないことに憮然とするしかないです。

    「捨てる神あれば拾う神あり」->激しく同意ですね。手を抜くと報いが来ることもあれば、いろいろやっていると注目してくれることもあり、がんばっても報われないこともあれば、何もしてないのに棚ぼたがくることも、、最後のはないですね(笑)野球の野村監督がいう、負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり、に通ずるところがあるか、いや、違う話か。

    「人の繋がりが全て」->これも激しく同意。10年くらい前に、とある国際開発コンサルティング会社の社長さんに「仕事とれるのはJICA時代のコネでしょ」と言ったら、めちゃくちゃ怒られたことがあって、せめて「ヒューマン・ネットワークは大事で、ぜひ社長さんのネットワークの下で仕事をさせて下さい、どうかよろしくお願いいたします(土下座)」くらいのことが言えたらよかったなあ、という失言を思い出しました。

    決断の披露をお待ちしてます。    時代遅れのITエンジニア?より

  2. Kanot Kanot より:

    コメントありがとうございます。最後のやつ、かなり笑わせていただきました。それは心の中の言葉にすべきですよね(笑)ただ、その社長さんが怒る通り、コネはもちろんありますが、受注に繋がるかにはもう少し強い信頼関係みたいなのが必要ですよね。そして、伸び・・ってよくわかんないですよね。

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