こんにちは、狩野(Kanot)です。2022年3月8日、私の著書である「バングラデシュIT人材がもたらす日本の地方創生」に関する出版記念セミナーが、JICA緒方研究所の主催で開催されました(Tomonaritが書いているICT4D教科書とは別件ですのでご注意を!)。平日の夕方にも関わらず150名程度の方にご参加いただき、多くの人に愛されているプロジェクトなんだなと改めて感じました。ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
はじめに
さて、今回のセミナーは著書の出版記念・書籍紹介というのが主目的ではあったのですが、私がエピソードを説明をしても伝聞調になってしまい、いまいち面白くないなと思い、本書の数多くの登場人物の中から独断と偏見とバランスで3名をパネリストとしてお呼びしました。私が大まかなストーリーは説明しつつも、パネリストに具体的なエピソードや思いを語ってもらうという場にしました。

本書のストーリーについては書籍紹介ページ、セミナーについては以下のJICA研究所がセミナーレポート&動画をご覧ください。

ここでは、今回のセミナーでのパネリストたちの発言も踏まえ、今回の一連のプロジェクトから得られる教訓について、3点に絞って私なりの解釈を書いてみようと思います。
教訓1:現場から人を動かし国を動かす

今回のプロジェクトは、バングラデシュIT人材が宮崎の地方創生に貢献しているという結果が注目されがちですが、その源流の中の源流は、青年海外協力隊によるバングラデシュの地方での活動です。現場を自分の目で見ていた隊員たちが、治安の悪化により首都退避になって悶々としていたところから、国家資格試験の着想が生まれています。このことは2つの大きな学びがあるのではと感じています。
一つ目は、現場を知ることの重要性です。彼らが現場で活動をして、若いバングラデシュ人たちにポテンシャルを感じ、それを伝えたい、どうにかしたい、という情熱はムーブメントを作っていくには非常に重要なもので、一連のプロジェクトには欠かせない大きなピースだったのだと思います。
そして、二つ目は周りを巻き込み、ムーブメントにしていくことの重要性です。協力隊員たちが原動力になったのは間違いないのですが、彼らの力だけではここまで話を大きくすることはできなかったと思います。彼らがJICAを巻き込み、バングラデシュ政府を巻き込み、経済産業省を巻き込み、宮崎を巻き込み、とどんどんと巻き込んでいくことで、より大きなインパクトのある活動に繋がっていたのではと考えています。
コロナ禍で現場に行きたくても行けない状況が続いていますが、早く現地を自分の目で見て、匂いを感じ、触れることの重要性を改めて感じました。
教訓2:産官学連携のインセンティブ・デザイン
今回の本の核にもなった「宮崎・バングラデシュ モデル」と呼ばれる産官学連携モデルですが、このモデルの何が特徴的だったかというと、そのインセンティブ・デザインだったのではないかと思っています。
まず、このモデルをご存知ない方もいらっしゃるかと思いますので、サラッと説明しますと(下図参照)、JICAが現地でバングラデシュのIT人材に日本語とITの教育を行い、その人材を宮崎のIT企業が採用してビザ・旅費の支援等を行い、来日後に宮崎大学が日本語教育・日本文化教育を行い、そして宮崎市がその採用活動に対して補助金を出す、という一連の産官学連携モデルです。

これだけ読むと「ふーん・・で?」という感じだと思いますので、インセンティブという観点で、もう少し具体的に話していきます。まずは、以下の図をご覧ください。

このモデルは一言で言うと、関係者のいずれもが責任とインセンティブの両方を持つ産官学連携デザインになっています。
宮崎大学(左上)は、現地のJICAプロジェクトへの日本語教師の派遣と日本語教育、そして来日後の留学生の一次サポートという責任を負います。その一方で、漢字圏以外からの留学生を増やしたいと思っていた大学の課題への貢献、そして教育・研究機関として日本語教育そのものへの貢献というインセンティブがありました。
宮崎のIT企業(左下)は、バングラデシュ人を雇用し、生活をサポートすると言う大きな責任を負います。その一方、JICA・宮崎大学による人材育成、そして宮崎市からの経済的・行政的なサポートというインセンティブがありました。
宮崎市(右上)は、IT企業がバングラデシュ人を採用した際の助成金負担、そして留学生の生活支援やイメージ向上のための広報活動などという責任を負います。一方、IT人材不足で悩んでいたところにバングラデシュからのIT人材が地方活性化・地方創生に貢献してくれるというインセンティブがありました。
JICA(右下)は、日本語とITについて現地で人を選定して教育するという責任を負いました。一方、そういった活動や企業の関心を得ることに伴うバングラデシュのIT人材・IT産業開発への貢献、そしてODA事業ではなかなか達成が難しい、日本の地方創生への貢献というインセンティブがありました。
このように、フリーライダーがおらず、各者が絶妙にバランスしているインセンティブ・デザインこそが、宮崎・バングラデシュの大きな特徴です。
ただし、このモデルなら誰でもうまくいくのかというと、それは明確にNoです。その裏には、それぞれの立場から思いを持ってこのプロジェクトを推進してきた数多くのキーパーソンがいて、皆が情熱と責任感を持って進めたからこそ、このモデルが注目されるまでに至ったのだと思います。
この人と人との繋がりが、どこまで偶然でどこまで必然だったのか、どうして一期一会のようなチャンスを繋いで来れたのか、ここはもっと分析する余地があるのではと思っています。
教訓3:日本とバングラデシュの最重要課題を同時に解決することを目指すアプローチ
今回のプロジェクトは、ODA(政府開発援助)の未来を考える際に参考になりうる一つの形であると感じています。なぜ私がそう思うかという点をここでは書いていきます。
まず、従来のODAを非常にシンプル化するとこのような形になります。

日本の強みを生かし、現地の課題に対してソリューション提供や人材派遣を行うというものですね。
一方、今回のプロジェクトでは、現地の課題に対して宮崎の強みではなく課題をぶつけています。つまり、一方向の課題解決を目指すのではなく、双方の課題を同時に解決することを目指すという形になっています。

そして、このプロジェクトでは、日本とバングラデシュの最重要課題を同時に解決することを目指したことが特徴的でした。具体的には、日本の抱える高齢化、そしてそれに伴う高度IT人材不足という課題。バングラデシュの抱える魅力ある働き口の不足という課題。この両方に同時にアプローチしています。
そしてそのソリューションとしてバングラデシュIT人材が活躍しているわけです。
これはシンプル化すると、以下の図のように、両国の課題や強みを一方向ではなく双方向にデザインしうる、様々なタイプのプロジェクトが形成可能ということに気付かされます。

つまり、このモデルの教訓は、「途上国のIT人材を育てて、地方のIT人材不足に貢献してもらう」といった特定の事例の話ではなく、ある国が抱える最重要課題と、ある地域が抱える最重要課題、この二つを結びつけるソリューションを考えていく、という新しいプロジェクト・デザインのアプローチが見えてきます。
よく私のところに「このモデルはどこの国なら、どこの(日本の)地域なら、うまくいくと思いますか?」と質問が来るのですが、コピーするべきはこのモデル自体ではなく、課題と課題を同時に解決するというアプローチ(というか考え方の変革)なのではないかと思います。
といいつつ、じゃあ「どの課題とどの課題を結びつけるとよいのか?」と言われてもアイディアはないのですが・・(汗)。それは両方の現場を知る人(たち)が結びつくことで見えてくるのだと思います。
おわりに
クロージングで触れられていましたが、今回のプロジェクトは人の縁や努力のバントンリレーが印象的なものでした。今回は時間の関係上、パネリストに3名しかご参加いただけませんでしたが、本当はもっともっとたくさんの方に話をしてもらいたかったです。
そして、願わくばオンラインセミナーではなく対面セミナーで、終了後はそのまま同窓会的に過去このプロジェクトに関わってきた方達の思い出話に花を咲かせる懇親会を実施したかったです。
協力隊時代に現場で活動した人たちと宮崎の人たちが初めて顔を合わせて、さらにはバングラデシュ人ITエンジニアも参加して、点と点が線になって・・・と妄想するだけで、絶対にめっちゃ盛り上がったであろうことは確信できるのに・・・。コロナのばかやろー!
コメント
別件で日本語教育(のデマケ絡みの問題)で血を吐く思いをした立場からは、よく実装できたなあ、という感想です。開かれた場でその成果を報告できるのもすごいですね。
文中でも言及されていますが、『このモデルなら誰でもうまくいくのかというと、それは明確にNoです。』『よく私のところに「このモデルはどこの国なら、どこの(日本の)地域なら、うまくいくと思いますか?」と質問が来るのですが、コピーするべきはこのモデル自体ではなく、課題と課題を同時に解決するというアプローチ(というか考え方の変革)なのではないかと思います。』というところ、確かにそうでしょうね。というか、コピーできると考えている人たちに、なぜそれが可能であるかと考えた理由を聞いてみたい(笑)。
コンサル的な感覚でいえば、すでに上手くいっているとされているるモノ(つまりは調達見積もり可能なモノやモデル)を組み合わせ、締め切りまでにうまくイケそうなトコロをターゲットにして組み上げるのが手離れの良いシゴトになり、それをコピペで広げることができればチャリンチャリンにできて万々歳ということにはなります。
アプローチをベースに据えると、頭をものすごく使うし、丸投げもしづらいでしょうし。
Ozakiさん、コメントありがとうございます。ほんとそうですよね。世界の数多くの「成功プロジェクトが」他地域展開にうまくいってないのは、こういう形式知化できない情報を見落としたままガワだけ複製しようとしてるからなのかもしれないですね。とりあえず、ご指摘の通り、このプロジェクトは決してコスパのいいプロジェクトではないんだと思います。