博士論文を読み直してみた(その1)

アカデミック

こんにちは、Kanot(狩野)です。ちょっと研究アイディアに行き詰まってきたこともあり、原点回帰ということで、自分の博士論文を読み直してみることにしました。そのついでに(?)インプットをアウトプットに変えることで理解が深まることも期待して、ブログで簡単に内容を共有しようと思います。なお、全部を日本語に訳すのは大変なので、考察の章のみの紹介になります。

ちなみに、全文を読んでみたいというマニアックな方は、こちらのサイトからダウンロード可能です(ただし、英語かつ本文だけで152ページありますので、一般の方向けではないです)。

博士論文の概要

まず、私の博士論文のタイトルは「Soft Factors in Global ICT Sector Development: Studies with Bangladeshi and Rwandan ICT Workers(グローバルICT産業開発に必要なソフトファクターについて:バングラデシュとルワンダのICT人材への研究から」になります。

おそらくソフトファクターという言葉は聞き慣れないと思いますが、これは私の博士論文の中で定義した言葉で、コミュニケーション力などのソフトスキルに加えて、国や個人の文化・価値観・法制度など周辺要素を加えたものをソフトファクターという言葉で定義しています。

この博士論文は、主に4つの研究プロジェクトの集大成としてまとめているのですが、それぞれのプロジェクトについてはこのブログでは触れず、それらのまとめとなる第8章「考察」を紹介します。個別のプロジェクトにご興味ある方は、出版済みのこちらこちらをご覧ください。

第8章「考察」の目次は以下のようになっています。

第8章:考察
8.1. Soft Factors for Global ICT Workers’ Development
8.2. Leap-frogging and ICT Human Resource Development
8.3. Broader Implications
8.4. Limitations and Caveats
8.5. Policy Recommendations

今回のブログ記事では8章の前書きと8.1を取り上げます(8.2以降は別記事で)。なお、日本語訳については、時間短縮のため、DeepLでの訳を元に私が手直しを入れるという形式をとっています。

8章:考察

各プロジェクトで得られた知見と結論には、その国特有の教訓だけでなく、より広範な教訓も含まれている。本章では主に、ICT人材とICTセクターに関する知見と結論について論じるが、これらは他の中低所得国(LMICs)でも適用できる可能性がある。全体として、この論文は、頭脳循環(Brain Circulation)の前提条件となる最初の移住(母国→先進国)に焦点を当てることの価値と、グローバルなICT人材にとっての個人のソフトファクターの重要性について、新たなエビデンスを提供している。分析の結果として、国内でのソフトファクター研修には一定の効果があることを発見したが、その効果は、就業経験や海外経験を伴うことで高まる可能性がある。そのため、頭脳循環の初期移民として海外に関心のある層を特定し、彼らのキャリア志向を動機付けて支援し、潜在的リーダーを育成することが、ソフトファクターを備えたグローバルICT人材の育成につながり、将来の頭脳循環を促進する可能性がある。本章では、ICT人材育成におけるリープ・フロッグと、この知見の広範な影響についても議論する。本章では最後に、本論文の限界と注意点、および全体的かつ国別の政策提言を述べる。

8.1. グローバルICT人材開発のためのソフトファクター

頭脳循環が各国のICT分野の発展に寄与していることは、広く認知されている。しかし、頭脳循環を起こすには、まずICT人材が国外に出ることが必要である。私の研究では、そのような海外移住を阻む主要な障壁のいくつかを明らかにし、それを軽減するための可能な手段を調査した。この研究の重要な点としては、グローバルなICT人材にとっては技術的なトレーニングもさることながら、さまざまなソフト面の要素(ソフトファクター)が不可欠であることを明らかにした。頭脳循環の理論では、ICT人材がどのような条件になったら母国に戻るようになるのかといった点はよく明らかになっているが(Saxenian, 2005)、キャリア志向のようなソフトファクターが、ICT人材の最初の海外移住とどのように関連しているのかについては議論されてこなかった。

ソフトファクターは、プログラミングのようなハードスキル以上にグローバルICT人材にとって不可欠な要素であるが(Berglund, 2018; Garousi et al., 2020)、産業界と教育機関・個人の間には認識のギャップがある。産業界においては、ソフトファクターの重要性は高く認識されており、それは職務内容や採用条件においてソフトファクター(特にコミュニケーション力などのソフトスキル)が用いられることが多くなっていることからも明らかである(Ahmed et al., 2013; Cimatti, 2016)。一方で、ソフトファクターの重要性は、中低所得国の高等教育機関や政策立案者、個人では適切に認識されていない。例えば、ルワンダのICT産業で働くエンジニアへのインタビューでは、大学教育で実践的な職場訓練が不足しているにもかかわらず、ハードファクターにかなり焦点が当てられていることを耳にした(第5章)。また、海外留学や海外就職を予定していたインタビュー参加者の多くが、先進国で身につけたい要素としてハードスキルを挙げていた一方で、帰国後のインタビューでは、滞在中の学びとしてソフトファクターの重要性を指摘していた(第6章)。このように、中低所得国では、産業界からの強い需要と比べて、教育内容やソフト面の重要性に対する認識不足から供給が弱いという認識のギャップがあり、ソフトファクターの獲得が課題となっている。

もし中低所得国の多くのICT人材に欠けているものがソフトファクターであるとすれば、そのギャップをどのように埋めるかが重要な問題となる。試行錯誤を繰り返す方法のひとつが、海外留学・海外就労である。日本での留学プログラムに参加したルワンダの学生たちに対する調査からわかったように、彼らのほとんどは、海外での学習や生活体験の中で学んだ主なこととしてソフトファクターを挙げている(第6章)。もう一つの選択肢は、国内で疑似的な異文化環境を作り、異文化を経験することである(第5章)。第5章の研究では、海外の大学の国内キャンパス(例:カーネギーメロン大学ルワンダ校)の卒業生は、現地の国立大学の卒業生よりも実践的な価値があると産業界から見られていることがわかった。一方で、このような学習はキャンパス内の環境に限られるため、海外生活を経験したインタビュー参加者が語るような、異文化での日常生活における驚きや発見を学ぶことは期待できない。

とはいえ、ほとんどの人にとって、海外留学は費用がかかりすぎるし、海外の大学を受け入れるのも簡単なことではない。もっと簡単に特定のソフトファクターを教える方法はないだろうか。一つの可能性として、国内において10時間のソフトファクター研修(このケースでは、時間管理に関する研修)を実施し、その後に海外で就職した参加者と現地で就職した参加者のマインドの変化を比較した(第7章)。その結果、どちらのグループにおいても、研修はソフトファクターに一定の効果をもたらしたが、特に研修後に海外に出た参加者に、潜在的な影響(海外に出た際に発現する研修効果)が認められた。この結果は、国内でも重要なソフトファクターを身につける方法はあるかもしれないが、海外での実体験による何かしらの経験・体験が重要であることを示唆している。いずれにせよ、ソフトファクターを改善する他の方法について、さらに研究を進める価値はあると考えられる。

さらに、すべてのICT人材にとって、ソフトファクターを身につけるための解決策としての国際経験は、多くの人々・国にとっては経済的・予算的制約から現実的な選択肢ではないことを考えると、どのような人材に焦点を当てて支援るべきかを見極める必要があり、そのためにはICT人材のキャリア観を理解することが重要である。「頭脳流出」という言葉が示すように、多くの国では、優秀な人材を海外に送り出すことによって、優秀な人材を失うことが懸念されている(A. M. Abdullah & Hossain, 2014; Ng’ambi, 2006)。しかし、ICT分野の発展にとって極めて有用な頭脳循環を起こすためには、まず頭脳流出が起こる必要がある(Saxenian, 2005)。本論文では、ICT産業における頭脳循環を促進するために、どのような属性の人材をターゲットとして初期移住を効果的に支援すべきかを検討した。第4章の結果から、ICT人材にはさまざまなサブグループが存在することがわかった。これは2つのことを示唆している: 第1に、頭脳循環のために国外への移住を促進するためには、どのような属性の人材が最も海外に出やすいかを把握する必要がある。第4章の調査結果では、高所得の親を持ち、一流大学に通い、ロールモデルを持つICT人材が最も支援に適したグループであることが示唆された。第二に、異なるサブグループは、海外移住を促進するために異なる種類の支援を必要とする可能性がある。これらの結果はまた、キャリア志向のあるグループの海外移住を支援することが、頭脳循環の可能性を高め、将来のICT産業の発展につながることを示唆している。また、ルワンダにおける起業家マインドの課題として挙げられている、「グローバルなビジネス文化を理解した起業家」の育成を加速させる可能性もある(第5章)。

まとめると、グローバルICT人材にとってのソフトファクターの重要性については、ICT産業界と教育機関・個人との間に認識のギャップがある。国内でのソフトファクターの研修に一定の効果があることはわかったが、研修後に社会人経験や海外経験を伴うことでその効果は高まった。したがって、頭脳循環の初期移住を促進する海外に関心のある層を特定し、彼らのキャリア志向から将来的なICT産業の潜在的なリーダーとして動機付けていくことが、ソフトファクターを備えたグローバルICT人材の育成を加速させ、将来の頭脳循環の可能性を高める可能性があることが示唆された。これらの結論がより広範に適用できるかどうかは、今後の研究が必要である。

8.2以降は次の記事で触れたいと思います(といって連載が続かないケース多発中・・・)。

<後日追加>
続き、書きました!

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