携帯電話がアフリカなどの途上国で普及し、その活用が開発に大きなインパクトを及ぼすようになったのは良く聞く話。バングラデシュのグラミンフォンからケニアのM-PESAを初めとする携帯電話を使ったモバイル送金まで、途上国開発における携帯電話活用事例は多くなるいっぽうだ。農村において、携帯電話により市場価格がわかるようになったことで、それまでのように仲買商人の言い値で農作物を売らなくてすむようになり、収入が増えた農家の話などは、「ああ、なるほど」と思えるM4D (Mobile for Development)の代表例だろう。
「携帯、便利だなぁ」ということは誰もが知っていることだけど、「じゃ、どんなインパクトがあるか?」というと、上記に述べたような事例話になる。他にも、M-PASEによって銀行口座が持てない人でも送金サービスが使えるようになるとか、“携帯の普及が10ポイント上がる毎にGDPが1.2ポイントあがる”というインドの調査結果があるとかってのも分かりやすい。でも、こういう説明は多々あるインパクトの一側面でしかなく、「全体像」がわからないモヤモヤ感がある。
と、そんな風に思っていたら、Heeksのブログに“Understanding Mobiles and Livelihoods”というタイトルで面白いフレームワークが提案されていたので紹介したい。
まず最初に、このフレームワークは、Sustainable livelihood Framework というもの(下の図:IDRCのWebサイトから引用)がベースになっているので、その簡単な説明から。
このSustainable Livelihoods Frameworkというのは、自分も100%理解出来ているわけではないのですが、シンプルにいうと、貧困層の人々の生活を把握するために、彼らの生活に大きな影響を及ぼす要因とそれらの関係性をフレームワークにしたもの。貧困層の持っている資産(Asset)を5分野(Human Resource, Social Resource, Natural Resource, Physical Resource, Financial Resource:五角形のところ)にカテゴリして整理しているのが特徴。開発プロジェクト計画時などで、プロジェクトがこの全体のどこに介入し、その結果がどう影響するのかということを考えるのに使ったり出来る(参考:http://www.ifad.org/sla/index.htm)。
前置きが長くなってしまいましたが、このSustainable Livelihoods Frameworkをベースにして、M4Dのインパクト分析のために作られたフレームワークがこちら。
変更点がいくつかあるのですが、まず、自分が「なるほど」と思ったのは、三角形のところ。オリジナルのSustainable Livelihoods Frameworkでは五角形となっている資産(Asset)を、携帯電話の活用に関連する資産ということで、以下の3つのカテゴリに分けて整理している。
- Resource-based assets (RBA) that are tangible (physical, financial, natural capital)→目に見えるもの。これは単純で分かりやすい。
- Network-based assets (NBA) that derive from connections (social, political, cultural capital)→携帯で人と繋がることで得られるメリット。確かにあるよね。これ重要。
- Cognitive-based assets (CBA) comprising human and psychological capital including competencies (knowledge, skills, attitudes)→情報を得ることで増える資産。
こういう整理をすると、なんとなく「携帯電話、便利だなぁ」という点が、より明確に理解出来るようになる。
次に、もう一つの変更点である図の下の部分(Outputs→Outcomes→Impactsという3つの四角)。携帯電話によって送金サービスが使えたり、人脈ネットワークが広がったり、情報が増えたりするけれど、そのインパクトを以下3つのレベルで示した図になっている(この部分は、同じHeeksが提案している“ICT4D Value Chain”という別のフレームワークからの抜粋になってます)。
- Outputs: the micro-level behavioural changes associated with technology use.→主に定性的な変化。
- Outcomes: the wider costs and benefits associated with ICT.→収入が増えたとか、定量的にもわかる変化。
- Development Impacts: the contribution of the ICT to broader development goals.→MDGs達成への貢献とか。
以上のように、このフレームワークを見てみると、携帯電話の開発インパクトを考える上で一定の全体像が示されている感があり、なるほど何かの折に参考に使えるなぁと感じた。また、何も携帯電話に特化しなくても、Webの利用とか、SNSの利用とか、ICT活用のなかでも「Communication」に重きを置くサービス活用には応用可能なフレームワークであるとも思える。
そういえば、昨日友人と話していたら、「そもそもICTって何?」という質問をされた。確かにICTって、意味するものが広すぎる用語だ。そしてICT4Dという分野も同様にかなり広い。これまではICTを途上国開発に活用するというアイデア自体が新しいものだったから、ICT4Dでも良かったのかもしれないけれど、PCとか携帯電話とかラジオとかの「機器別」のアプローチとか、SNSとかSMSとかの「サービス別」のアプローチとか、遠隔教育とか遠隔医療とか「分野別」のアプローチというように、これからはより細分化して考えていく必要性が高くなるだろう。
以下、参考Webサイト:
ICTs for Development Understanding Mobiles and Livelihoods
ICTs for Development The ICT4D Value Chain
IFAD The Sustainable Livelihoods Approach
IDRC A Sustainable Livelihoods Approach for Action Research on Wastewater Use in Agriculture
コメント
Heeksの議論のまとめ、ありがとうございます。いろいろ読んでいますが、わかったようでわかっていない、と思う事もありこのようにまとめて(しかも日本語で!)いただけるとすっきりします。
論文を書き出す時に指導教官から「理論枠組みどうするの?」と聞かれ、慌てて色々な論文を読み始めて、ICT4Dは山ほどペーパーが出ているけれど理論枠組みがないのが特徴で問題である、というHeeks教授の論文にぶちあたりました。しかもICT4Dの中でもDのDevelopmentの理論が明確ではない。ところが開発論自体も百花繚乱の模様。ここで1年過ごしました。
小規模経済の島の場合、特にその費用対効果や将来の経済的効果が期待できない事が多く、ICT4D支援が打ち切られていく実態を見てきました。日本もプルトニウム輸送がなければUSPNetは支援していなかったわけです。GDPで評価される開発視点では島嶼国への通信インフラ支援はなかなか難しい、と考えています。
海外送金に頼っている島嶼国では、その島の経済効果がなくとも、レミッタンス経済(こんな言葉あるかどうかわかりませんが。)にICTが影響を与えている可能性もあります。
ICT自体、メイトランドレポートでも指摘されているように、あらゆる開発事業のプロセスに組み込まれている機能であることから、そもそも単独の視点から分析する事が難しい対象であると理解しています。
まとまりがなくなってきました。スミマセン。
Heeks さんはマンチェスター大学でしたね。もしかして皆さんの指導教官ですか?
ハヤカワさんの仰る「費用対効果や将来の経済的効果が期待できない事が多く、ICT4D支援が打ち切られていく実態」は、それに先立つ案件形成の段階(案件成立以前に切られてしまう)にも共通すると考えています。インフラからはちょっと離れますが。
2004年3月10日に外務省で実施された、無償資金協力実施適正会議(第10回会合)の議事録で、外務省無償資金協力課の方から、以下のような見解が出されています。これが「援助する側」の典型的なスタンスなのではないでしょうか。
————–
「コンピューターは3年もすれば陳腐化する。一旦供与するのはいいが、更新は誰が行うのか。更新の際にも援助することは援助依存体質を生んでしまうし、援助し続けることはできない。プロジェクトの一部としてコンピューターを供与することはこれまでも行ってきているが、何十台、何百台の供与となると、陳腐化が早いという問題がある。」
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最後の文言は誤解を生みがちですが、「機材の陳腐化に抗うための経済的負担が、供与台数に比例して増加する(または無視できないくらいに表面化する)」と解釈するべきでしょう。
機材を市場へ供給しているICT関連メーカーやベンダーも、マーケティング方法に大なり小なり計画的陳腐化を組み込んでいます。基本的に市場に流通している製品をICT4Dで使用する以上(調達制度からくる制約)、市場原理と製品供給側であるメーカーの動きからは逃れることができませんよね。
技術の進歩は、必然的に「現在の」技術や機材を陳腐化させます。特に「目の前の」機材のオペレーションが「主たる技術移転内容」とならざるを得ない場合、その影響をマトモに受けてしまうことは自明です。(クラウドの利用を念頭に置いたとて、同じような問題にブチ当たるなぁ、と感じています….)
ここでの携帯電話の活用は、クライアントサイド(利用者)の機器導入・維持・更新費用を、巧妙に個人負担させているようなところがありますね。ナイスな仕組みですが、今度は「統制」しようとすると大変なコトになりそうです。
おまけ:
陳腐化に対抗するオカネ絡みでは、政府機関や公的機関などにビジネスをさせて自給自足、というネタがよく出現しますが、激しく小規模にするか、逆に極端に大規模にするか、のどちらかでしかペイできないんじゃないかなー、と考えています。
なるほど。コンピューターが3年かけて育成した人材の評価視点がないですね。2000年代になってからですが、外務省の人が太平洋島嶼国に衛星なんて”ハイテクノロジー”は必要ない、と言い切っていて唖然とした記憶があります。
もう既にご存知とは思いますが。2009年にHeeksとAlemayehu Mollaが”Compendium on Impact Assessment of ICT-for-Development Projects”を出しています。主に現場のコンサルタントやポリシーメーカーたちのためのインパクト評価概要です。ここにセンのCAも入っています。
ハヤカワさん→資料のご紹介、ありがとうございます。私は留学経験が無く、キーパーソンがわからないこともあり、このようなよい資料が見つけづらいです。
上述の議事録は無償資金協力が議題なので、ハードウエアに注目することになってしまうのでしょう。1980-90年代に「無償資金協力で供与した日本製の機材が、故障して放置されている・使い切れなくてホコリを被っている」という分かりやすい事例が、現地の人の声(私たちの生活向上に役立っていない、など)を伴う形でマスコミによってに掘り起こされ、ODA事業が税金の無駄遣いとされたり、商社等日本企業が儲けるだけ(資本家vs労働者の文脈)・スペアパーツが現地で入手できないといったタイド案件の弊害、として叩かれた経験がトラウマになってそうですね。
マスコミの文脈で言うところの「ハイテクノロジー」は、大規模で高額な機材を伴いがちという認識ですし、衛星やパラボラアンテナは大きすぎて何かあっても隠しようが無い(笑)。ハヤカワさんが目にした事例では外務省の方がガチに予防線を張っていたのかなー、と思います。
翻って、最近では「日本のイケてる先進的な技術やインフラを輸出することが是」という世論が見え始めています。ようやく日本が国を挙げてスタンダードを取りにいく気概を見せたのか・日本技術のショーケースを海外でちゃんと作る気になったのか、と思う反面、「日本のイケてる先進的な」ということは…..ですよね。
ハヤカワさん、Ozakiさん
コメントどうもありがとうございます。
自分がマンチェスターで勉強したのは、HeeksがDirectorをしているICT4Dコースでした。残念ながら修士論文の指導教官ではないですが、色々とお世話になり今も交流があります。ちなみにAlemayehu Molla氏はエチオピア人。エチオピア人でICT4D分野の著名人?ってのに驚きです。
フレームワークってのは正直自分もわかったようなわからないような感があります。修士論文を書くときに、ハヤカワさんと同じように「フレームワークをまず決めるべし」と言われ、頭を悩ませていました。なんとなく思うのは、一定の信憑性があるフレームを用いることで、主張に説得力が増すという点や、また、信憑性のあるフレームワークだけど、欠けている視点があることを立証して、ベターなフレームワークを提案したりすることでオリジナリティを光らせることが出来るという点が、「フレームワークを用いるべし」という理由なのかなぁと。素人アイデアですいませんが、少しでも何かの役に立てばと思い、書いてみました。
話は変わりますが、ICT分野が機材の陳腐化の問題などからODA支援の優先度が下がるという視点は、確かにもっともと言う気がするものの、個人的には別の考えです。
たとえ援助国がICT分野を避けたとしても、途上国政府自体がICT分野に投資したいと思うなら、避けても仕方ないと思うのです。例えば、日本が教育とか農業とか別分野をODAで支援した場合、途上国政府としては教育や農業で使う予定だった予算を別に回せることになる。つまり自由になるお金が増える。そして、その自由になったお金でOLPCを1万台購入したりする。結局、援助する側がICT分野を避けようが避けまいが、対象国政府がICTに投資したければ、その国には「陳腐化するICT」が導入されてしまうってのが現状かと。そしてOLPCが使われなく埃を被っているのを見て、日本政府はなんと言うのか?「うちの援助じゃないから構わない」ってのはちょっと悲しい・・・。
単純にICT分野を避けるより、最初からOLPCが有効活用される方法を途上国政府と考えて、その方法で支援するほうが良いと思うのです。
ICT分野は日本が支援を避けたところで、途上国政府自身がICTに投資したり、他の援助国(欧米や韓国、中国など)が自国のICT機器ブランドを売り込むために支援したりもする。でも、失敗する可能性が高い。だったら、避けるよりも「成功するような支援を提案する」ことに価値がある、という思いから自分はICT4D分野に進もうと考えました。
Ozakiさんの言うように、日本のイケてる技術を輸出しようと最近はずいぶんと風向きが変わってきた気がしますね。また、携帯電話とか高価じゃないツールも沢山出てきましたし。でも、一方で日本の「イケてる度」が昔よりも低空飛行気味ってのが皮肉ですね・・・。
フレームワークの話、興味深いです。
私の中ではソフトウエア開発フレームワークになってしまいますが(苦笑)。国際協力プロジェクトはソフトウエア開発と似ている、と思っていますので。
確かに一定の信頼性がある(多くの目で精査・テストされている)フレームワークを採用すると、個別開発対象への完全最適化はある程度犠牲になるのですが、複数メンバでの開発効率は上がりますね。フレームワークが共通言語化するというか、ゼロから説明しなくてすむので、いきなり本質の話ができるというか。
そんなフレームワークは多くの人からのフィードバックを「優しい独裁者」のもとに取り込んでいるケースが多いようです。名の有るフレームワークの機能向上に貢献できたとなれば、開発者としては、分厚いレジュメより価値がある実績でしょう。
オリジナリティへの渇望というか、例外の主張(ウチの業務やアイデアは「特殊」で「特別」なんだから、汎用フレームワークに収まるほど簡単じゃないんだもん!)、変化への恐れ(フレームワークに合わせて業務プロセスを変えるなどもっての他)に基づいて特定状況への完全最適化を過度に進めてしまうと、個々の成果やノウハウが新たな知識やノウハウのベースになることなく、単なる記念碑になってしまうでしょう。
あまり発展性が望めない記念碑の保守をやりたがる人も少ないでしょうし、後に続く人たちが「経験を知識にして学ぶ」ことを否定してしまいますね。
以下はネタにネタ返しですが:
tomonaritさんの仰る「日本の「イケてる度」が昔よりも低空飛行気味」というのは、多階層下請システムにおいて、「仕事を出している側・企画している人」におけるネタやアイデアが尽きてしまっているのかもしれません。制約はどんどん強くなっているんですけどね。
ヒークス教授のフレームワークはセオリー=理論の枠組みの事ですよね。ICT4Dの論文がケーススタディばかりで学問としてICT4D研究を開発したい、という意図だと理解しています。
マルクスのイディオムを引いてきていますね。「学者は世の中のことをああだこうだと議論するばかりだ、要は世の中を変えることだ」
ICT4Dに従事する人たちはほぼ後者で、前者がいない。ただマルクスは学問に従事する幸運に恵まれた人は世の中のためになる学問をせよ、とも言っています。学問を否定している訳ではありません。
確かに開発とは何か、ああだこうだと議論している時間とエネルギがあれば、通信環境をよくする事にその時間とエネルギーを使いたい、と思う事しばしばです。
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