世界銀行「World Development Report 2019」デジタル技術の恩恵を受けるには何が必要?

ども、Tomonaritです。12月10日に世銀東京事務所でやっているモーニングセミナー「アフリカにおける仕事の未来:万人のためのデジタル技術の可能性を引き出す」に参加してみました。これをきっかけに、世銀のWorld Development Report 2019「The Changing Nature of Work」のOverviewだけ読んでみたので、気になった点をメモ的に書いてみます。

WDR 2019:The Changing Nature of Work 概要

「デジタル技術の普及によって、人間の仕事ってなくなっちゃう?」という懸念は産業革命のときもIT革命のときもありましたが、最近の「ロボットやAIに仕事を取れてしまう・・・」という懸念はひときわ注目を浴びている気がします。WDR2019では、その懸念に対して割とポジティブな見解をしめしています。「デジタル技術によって失われる仕事よりも、生み出される仕事の方が多い。これまでの歴史を見ても、イノベーションによって失われた仕事もあるけど、生み出された仕事の方が多い」というスタンス。

と同時に、デジタル技術の普及によって仕事の性質が変わっていくので、政府がそれ相応の対応をしないとダメだよ、とも言っています。「それ相応の対応」とは以下の3点(下記図の「Policy」のオレンジの3つの四角です)

  • Human Capitalへの投資(人材育成へ力入れるべしということ。特に保健と教育)
  • Social Protectionの充実(社会保障を充実させるべしということ)
  • 財源の確保( 徴税によって もっと政府予算を充実させるべしということ。)
Source:World Bank (2019) World Development Report : The Changing Nature of Work, 2019, P5

以下、もう少し詳しく見ていきましょう。

デジタル技術の普及によって、人間の仕事は減るのか増えるのか?

この問に対する回答は、「増える」というもの。これまでのイノベーション歴史を見てもそうでしょうよ、という説明だけでなく、ここ20年の世界の動きを分析して、そういう回答を導きだしています。IT革命を含めてデジタル技術が急速に普及した1991~2017年で、仕事は減ったのか?をみると、下記右グラフのように世界全体では増えています。

「えー、本当?ロボットなどの導入で工場労働者は減ったでしょ?」

と思ったのですが、 下記左グラフのとおり確かに先進国(下記グラフのHigh-income)の製造業界では10%位減ったものの、それ以外の地域では増えているというのが調査結果。Lower-middle-income国では1991年に16%だったIndustrial employmentが2017年には19%に増加したことになります。特にEast Asiaでの増加が顕著で、例えばベトナムの9%(1991年)→25%(2017年)とラオスの3%(1991年)→10%(2017年)などがあります。

Source:World Bank (2019) World Development Report : The Changing Nature of Work, 2019, P7

加えて、デジタル技術によって仕事が増えるという根拠の1つとして、世界中の企業(アリババ、イケア、ウォルマート等)がデジタル技術を活用してビジネスを拡大しているということを説明するグラフも出てきます。

Source:World Bank (2019) World Development Report : The Changing Nature of Work, 2019, P3

かつて投稿したように自分はわりと「アフリカのような途上国においては仕事は減る」と思っていた派でした。

しかしながら、このレポートを読んで、うーむ、そうか・・・と思いました。特に、アフリカのような国ではインフォーマル・セクターで働く人が大半であり、工場労働者みたいな人たちが少ないことを考えると、やれオートメションだAIだと言って、いきなり仕事が減るって人の数はたかが知れているのだろうと、それなりに納得。実際、このレポートによれば、ここ最近は法制度の改正などによって起業のハードルは低くなってきているものの、サブサハラ・アフリカ平均で2000~2016年にうまれた雇用のうち約75%はインフォーマル・セクターとある。

Source:World Bank (2019) World Development Report : The Changing Nature of Work, 2019, P8

それでもデジタル技術の普及によって単純労働者がロボットやAIに取って代わられるのは時間の問題で、人間に求められる仕事の質が変わってくるのは確か。 ロボットやAI に仕事を奪われずに、逆のそれらを使いこなしてデジタル技術の恩恵を受けるにはどうしたら良いのか?

どうしてHuman Capitalへの投資が必要?

1つ目の答えバ、Human Capitalへの投資。なぜなら人間に求められる仕事のスキルセットとして以下の3つが特に重要になってくるから(レポートのP3)。

  • Advanced cognitive skills such as complex problem-solving
  • Sociobehavioral skills such as teamwork
  • Skill combinations that are predictive of adaptability such as reasoning and self-efficacy

要するに人間にしか出来ない仕事を出来るだけのスキルを身につける必要があるということ。このブログでも何度も取り上げているように、ミシガン大学Kentaro Toyama教授の理論を借りれは、ICTは人間の能力をAmplify(増幅)するだけなので、そもそも能力が低ければICT活用の効果も低い・・・とか、マンチェスター大学Heeks教授の理論を借りれば、ICTを活用するには、Social Asset(識字能力や基礎学力)が必要ということとも相通じる考え方だと思います。

このため、読み書きそろばんの初等教育から高等教育までの学校教育だけでなく、就職してからの生涯教育も極めて重要になってくるということが言われており、政府は教育分野にもっと投資すべし、というのが一つの方向性になっています。

なぜ保健?

ここで気になるのが、なぜ保健分野にも投資すべし、なのか?

自分は全然専門ではないのでもの凄く雑な解説しか出来ないのですが、これは、子供の脳みそのクオリティは5歳になるまでに決定しちゃうので、お母さんのお腹の中に居る時からちゃんと栄養のある食事をとって、元気に5歳にならないと、その後、頑張って勉強しても伸びしろがイマイチ・・・になってしまうから。

どうして Social Protectionの充実が必要?

次に必要な対応としてあげられているのが、Social Protectionの充実。Social Protectionは日本で言う「社会保障」よりも、もう少し広い意味で使われていると解釈したほうが良いようです。以下、Povertist.com「開発途上国の社会保障と国際協力の潮流をわかりやすく解説」からの引用です(もっと詳しく知りたい人は、Povertist.comを見てみて下さい)。

社会保障と聞いたときに、何を思い浮かべるでしょうか。医療保険、国民年金、失業保険などを思い浮かべる方が多いと思います。では、学校教育の無償化、学校給食、ワクチンの無料接種、無料検診、雇用創出のための公共事業はどうでしょうか。実は、これらも社会保障の議論の一環で扱われることが多いです。

https://www.povertist.com/ja/social-protection/

正直、最初に聞いたときには、デジタル技術の恩恵を受けるために「なぜSocial Protectionが必要なのか?」と良く分からなかったのですが、上記引用のように社会保障を広い意味で捉えると、Human Capitalへの投資とも密接に関連することがわかりました。

また、レポートでは不公平感の払拭が必要という点も書かれています。SNSの普及によって自国の他人だけでなく、どこの国からも他所の国の状況がわかる時代、人々はより良い暮らしに対する憧れや願望は、以前よりも明確になってきました。その気持が開発のモチベーションになれば良いものの、逆に不公平感が煽られると、「アラブの春」のような状況にもなり得るます。世界では20億人が社会保障のないインフォーマル・セクターに従事していることを考えると、 不公平感の払拭 のためにもSocial Protectionの充実が必要ということですね。

財源の確保をデジタル技術の話に絡めるのはなぜ?

3つ目の財源の確保については、1つ目のHuman Capitalへの投資と2つ目のSocial Protectionの充実を図るためには、お金が必要だから、という理屈。レポートではGDPの6~7%の予算を確保する必要があると述べられています。でも、途上国政府にお金がないのは今に始まったことではないので、「デジタル技術の話に絡めるのはなぜ?」という疑問が・・・。

レポートでは財源確保のために、お金持ちや企業からの固定資産税や消費税、タバコ税、二酸化炭素排出に関する税などが言及されていますが、そこに加えて、ICT分野のプラットフォーマー企業がタックスヘイブンを使って、相応の納税から逃れているという点にも言及されています。

なるほど、 デジタル技術の話に絡める理由がわかりました。

例えば、当該国の個人情報を活用する際にはその国の政府が課税するなど、今後、そういった政策支援も出てくるのかもしれません。

読んでみて

以前の投稿のように、自分はデジタル技術がアフリカのような国に普及することで、アフリカは東南アジアの国が歩んだような「製造業の発展をベースにした開発」は無理だろうと考えてました。 デジタル技術 で便利にはなっても、最終的に一番の利益を得るのは先進国の企業であり、途上国はお金を払うお客さん&お金になるデータを提供するユーザー、という立場にしかなれない可能性が高いという点や、先進国のメーカーの工場を誘致しても、工場そのものの遠隔操作やロボット活用によって、そこからの技術移転が望めない(=中国や東南アジア諸国のような製造業の発展モデルは成り立たない) というのが、その理由。

ただ、このレポートを読んでみて少しポジティブな気持ちになりました。また、ここ最近のスタートアップ支援の背景も分かった気がします。インフォーマル・セクターじゃないビジネスを増やして、雇用を生み出すと共に税金も取って歳入を増やさないと、Human Capitalへの投資もSocial Protectionの充実も出来ないということか。

また、WDR2016「Digital Dividends」でデジタル技術への期待感を示しつつも「デジタル技術の活用のためにはアナログな能力が重要」というメッセージでまとめていたことを考えると、世銀の軸はぶれておらず、やっぱりHuman Capitalが大事というWDR2019の内容には納得感がありました。

ここ最近のJICAの案件をみていると、「デジタル技術を活用しよう!」という意気込みを感じる調査やプロジェクトがいまだかつてないほどに増えて来ています。それはそれでICT4Derの自分としは、喜ばしいことではある一方で、デジタル技術をどう活用するかという一面だけに注目するのではなく、どうしたら途上国側がデジタル技術の恩恵を120%受けられるようになるのか?という視点から、Human Capitalへの投資等と絡めた包括的な取り組みが大事なのだろうと感じました。

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コメント

  1. […] WDR2016「Digital Dividends」に続くICT4D系テーマがヘビーローテションで来ますね。WDR2019「The Changing Nature of Work」もAIなどデジタル技術によって変わる仕事・雇用のあり方をテーマに含む内容でしたし、ここ最近のICT4DというかSTI4SDGといったトレンドは、まだ数年は続くのかなぁと思います。 […]

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