Adverse Digital Incorporation:デジタルエコノミーには参加出来たが・・・

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Source:https://w4ra.org/wp-content/uploads/2020/07/presentation_Heeks-keynote-07July2020.pdf

7月7日に行われたWebSci’20 Workshop: Digital (In)Equality, Digital Inclusion, Digital HumanismというICT4D分野のオンラインイベントで、マンチェスター大学のHeeks教授がキーノートスピーチをやったようで、このWebサイトに発表資料が掲載されていました。その内容が興味深かったのでちょっと紹介します。

タイトルは、「Digital Divide to Digital Justice in the Global South」。2ページという読みやすいペーパーと共にパワポスライドもアップされていたので、スライドを拝借しながら説明してみます。

これまでのICT4D分野では「デジタル・デバイド(情報格差)」が常にメジャーな課題の一つとなっていましたが、「ネットにアクセスできる人、出来ない人」という観点では、ここ最近はかなり多くの人達がネットにアクセスはできるようになったし、特に携帯電話普及に関しては、かなり大幅は進歩がありました。となると、「ネットにアクセスできる人、出来ない人」という格差の問題とは別の、新たな課題がフォーカスされ始めているというもの。

Source: https://w4ra.org/wp-content/uploads/2020/07/presentation_Heeks-keynote-07July2020.pdf

新たな課題とは、上記のスライド(キャラが可愛いなぁ・・・)のようにデジタルの世界に参加は出来たけど、その恩恵を十分に受けられないというもの。これを「Adverse Digital Incorporation」という言葉表しています。上手い日本語訳が思いつかないので辞書的な訳をいうと、Adverse(不利な、不都合な)Incorporation(結合、合併)、という感じです。わかったような分からないような表現なので、以下、3つ事例をあげます。

その1:例えば、東アフリカのITエンジニアやIT企業は、ネット環境が整備されたことでギグエコノミーに参加出来たり、システム開発のアウトソーシングを受注できるようなりました。でも、発注者である先進国の企業に買い叩かれ、一番美味しい思いをしているのは先進国の企業という構図があります。発注者としては、条件が合わなくなれば、別のエンジニア、別の会社に発注先を変えれば良いので強気です。 Digital control in value chains: challenges of connectivity for East African firmsという論文(私のマンチェスター留学時代の同級生だったChristopher Fosterが著者の1人だ!)では、ケニアとルワンダのIT企業などを対象に調査を行った結果、このような状況を、Thintegration (Thin + Integration)という言葉で説明しています。デジタル・エコノミーに参加し、成果中から受注できる機会はえられても、結局、技術力や仕事の品質管理面がネックとなって、ある意味、先進国企業に搾取される側から抜け出せない・・・という課題があります。ちなみにこの論文では、ローカル企業でしか見つけられないニッチな市場を開拓していくことが、ローカル企業の生きる道という提言をしています。

なお、スライドでは以下のように、IT産業ではなく、ライドシェア的なサービスプラットフォームが取り上げられています。

Source: https://w4ra.org/wp-content/uploads/2020/07/presentation_Heeks-keynote-07July2020.pdf
Source: https://w4ra.org/wp-content/uploads/2020/07/presentation_Heeks-keynote-07July2020.pdf

その2:中国がわかりやすいと思いますが、デジタル世界に参加し恩恵を受けられる代わりに、権力者(政府や大企業)に監視されたり、個人情報を持ってかれたり、という側面もあります。これも、より力のあるアクターがデジタル世界の恩恵を受けていて、そうでない人達は単なるユーザーでしかない(=Adverse Incorporation)という現実。

Source: https://w4ra.org/wp-content/uploads/2020/07/presentation_Heeks-keynote-07July2020.pdf

その3:携帯電話の普及で途上国の多くの人々もFacebookやインスタと言ったSNSを利用していますが、オンライン上でのジェンダー格差の問題もあります。リベンジポルノとか。男尊女卑のコミュニティの人達がSNSを使えば、オンライン上でもそうなる・・・ということですね。

Source: https://w4ra.org/wp-content/uploads/2020/07/presentation_Heeks-keynote-07July2020.pdf

以上3つの例のように、デジタル世界、デジタル経済には参加できるようになった「けれども」、新たな問題が生じており、それが「Adverse Digital Incorporation」ということ。ただ、新たな問題というよりも、リアルな世界での問題がそのまま、もしくはさらに拡大されてデジタルの世界(オンライン上)で起きているということ。そこを理解しておかないと、いくらインターネットアクセス向上のためのインフラ整備が出来ても、不平等な世界が助長されるだけかもしれません。

例えば、Fairwork Foundationという財団は、プラットフォームエコノミー、ギグエコノミーで働く人達に相応の権利や福祉を提供できる枠組み作りを支援していますが、法律や制度などを含めて、デジタル化の恩恵を誰もが「平等(Equal)に受けられる」というよりも、「正当(Justice)な恩恵を受けられる」という枠組みづくりが重要です。

Source: https://w4ra.org/wp-content/uploads/2020/07/presentation_Heeks-keynote-07July2020.pdf

と、いうような話がHeeks教授のキーノートには書いてありました。
至極真っ当な主張だと思う一方で、そういう世界をどう作っていくのかという具体的方法論が思いつかない位、難しいテーマだと思います。上のスライドのInequality, Equality(同じ高さの梯子をあげるが右の子はりんごに届かない), Equity(右の子にはより高い梯子をあげる), Justice(斜めになっている木を真っ直ぐに)の説明は秀逸!と思いつつも、現実世界は、りんごの木の傾きを変えるのとは訳が違いますし。

ちょうど先日、ICT4D Labの勉強会でアフリカのスタートアップが取り上げれられたのですが、上記の話とも関連する以下のような論点があがりました。

  • 途上国スタートアップの出口(ゴール)が、先進国のベンチャーキャピタルや大企業に買収・合併されたりすることで良いのか?
  • 途上国スタートアップ支援に援助機関も積極的に乗り出しているが、担うべき役割は?

なかなかクリアカットな回答はないと思いますが、今は日本企業の株の約30%は外国人投資が保有しており、東証一部上場企業に至っては、60%以上は外国人投資家が保有しています(こちらのサイトからの情報)。そう考えると、上記の2つの論点については、「まぁ、良いんじゃないかな」というのが個人的な思いです(とはいえ、以前の投稿「ドローンを飛ばしているのは誰?」で書いたように、理想はちょっと違うけど)。また、援助機関には、よりいっそう「デジタル化の正当な恩恵を誰もが受けられる世界」を作るための支援をしてもらいたいと感じます。

最後になりますが、WebSci’20 Workshop: Digital (In)Equality, Digital Inclusion, Digital HumanismとのWebサイトには、他にも色々なテーマの論文などがアップされていたので、アフリカのICT4Dに関心のある方は、チラ見をオススメします。

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