【書籍紹介】デジタル化する新興国 ー先進国を超えるか、監視社会の到来かー(伊藤亜聖著)

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ども、Tomonaritです。先日の投稿「日本語で読めるICT4D読書リスト(2024上半期)」で紹介した本をいくつか読み始めました。そして、最初に読み終えたのが、表題の本「デジタル化する新興国 ー先進国を超えるか、監視社会の到来かー(伊藤亜聖著)」です。一番早く読み終えた理由は、①自分の関心領域と合致してた、②読みやすかった、③ボリュームも手頃(&新書なんで持ち運びしやすい)、といった感じです。以下、各章ごとに感想を書いてみます。ついでに関連する本プログのネタのリンクも貼っています。

第1章 デジタル化と新興国の現在

「デジタル技術による社会変革は、新興国・途上国の可能性と脆弱性をそれぞれ増幅(アンプリファイ)する」という仮説と、この仮説を検証するための導き糸として、デジタル化の何が新しい論点で何が古い論点かを意識しながら検討を進めるという、「デジタル化と工業化との対比」というアプローチをとる、という本書の骨格となる要素を紹介しています。(この仮説はこのブログでも何度か紹介しているミシガン大学の外山健太郎教授の主張と同じですね。)

デジタル化とはどういうこと?という説明では、MITのメディア・ラボ創始者ニコラス・ネグロポンテ教授(OLPCの創始者)の主張を紹介し、デジタル経済の特徴を①コンテンツの複製・流通・カスタマイズのコストが低下するので限界費用(新たな顧客が増加した際の追加的コスト)が安いこと、②ロックイン効果、③ネットワーク外部性、をあげ、それゆえに勝者がますます勝者となる、といった特徴がある、といったデジタル化やデジタル経済の話から入っているので、この分野に知見がない方が読むことも想定した作りになっていんだと思います。

また、最終章で日本として何をすべきか?を論じていることからも分かるように、この本ではODA的な要素も触れられている点で、ICT4Dに関心のあるこのブログの読者層には結構ささりそうだなとも思います。第1章でも途上国支援の時代的変化とその時々の日本の支援アプローチにも紹介されており、「構造主義」とか「従属理論」とか、国際開発系の話もちょっと出ていますし、全体を通じて結構、世界銀行のWDR2016の内容などが参照されています。途上国の工業化を支援するための日本の支援に対して、デジタル化の支援ではどうするべきか?という最後の議論につながる部分です。

第2章 課題解決の地殻変動

Grab、アリペイ、M-PESAなどの途上国発のプラットフォームの紹介、フリーランス経済の紹介(例として「フリーランサードットコム」が紹介されています)、途上国での携帯電話の爆発的普及、とった途上国での大きな変化により、信頼性の担保やそれに基づく決済が可能となったという話から始まります。

こういう変化が基盤となって、現地スタートアップがIoTなどのテクノロジーを活用したスマート農業や物流など様々なビジネスを生み出せるようになったということで、南アのエアロボティクスというスタートアップや農林水産省とケープタウン大学が開発した漁業者向けのアプリ・アバロビというアプリの紹介、また、中国の物流サービスの紹介がされています。

新興国・途上国ならではのソリューションの特徴を『「これで十分」な解決策』として説明しており、例えばM-PESAはガラケーでもつかえるSMSを活用している点や、アリババやテンセントが枯れた技術と考えられていたQRコードを決済に活用した点などがあげられています。また、中国の菜鳥網絡(ツァイニャオ)が展開する「ラスト・ワンマイルは届けない」という「割り切り」の物流サービス(お客に物流センターまで取りにきてもらう前提のサービス)の紹介なども面白いです。

そして、このような背景からベンチャー・スタートアップ投資が拡大している点、や大学と連携した起業やスタートアップ支援が盛り上がりを見せているという話につながります(インドのIITの事例など)。

次に「技術革新から社会革新へ」ということで、プラットフォーム企業やテック系スタートアップのサービスが金融包摂や農村振興に貢献する観点を説明しています。インドのデジタル国民ID「アダール」の生体認証技術+決済プラットフォーム機能が貧困層への補助金配布に役立った話やルワンダの「ミス・ギーク賞」(のちに「ミス・ギーク・アフリカ賞」に)の話が紹介されています。

個人的にこの章のハイライトは最後で、どうしたらテクノロジーで社会課題解決ができるのか?に触れている部分です。「イノベーションを達成するには、単にやってみる回数を増やす以外に王道はない」(コンピュータ科学者の坂村健氏)ため、試行錯誤の回数を多数の企業が増やす仕組み(=エコシステム)が必要という点や、「技術があってもそれが社会に導入されるとは限らない」という点です。つまり、技術をいかに社会実装に繋げるかがより重要であり、トップレベルの「技術力」がない新興国・途上国でも、「社会実装力(新たな利活用の用途を切り開く能力)」があれば社会実装先進国となれる可能性がデジタル領域では広く開かれている、という主張はとても同意できるものでした。そして、デジタル技術の活用には、結局のところ「アナログな基盤」が重要という世界銀行のWDR2016の話も続いています。

この章を読むと、どうしてここ最近、多くの援助機関が途上国のスタートアップ・エコシステム支援に力を入れているのか?ということが、とてもクリアに理解できると思います。今まではビジネスの土台となる信用の担保や決済サービスがなかった途上国で、デジタル技術+プラットフォームによって、それが可能となり、+スタートアップによって様々な社会課題を解決するサービスが生まれている、という事象をわかりやすく説明している章でした。

第3章 飛び越え型発展の理論

この章はタイトルに「理論」とついているように、「どうしたらリープフロッグできるか?」ということを中国やインドの政府による政策にも絡めながら議論しています。新興国・途上国でもユニコーン企業が増えつつある点、それらの企業のビジネスモデルは、「タイムマシン経営」と呼ばれるパターンが多々ある点(GrabやGojeckは米国Uberと同様のサービス。アリババやテンセントの当初のビジネスアイデアは米国で先行した電子商取引とメッセージ機能)やクリステンセンの「イノベーションのジレンマ理論」が紹介されています。(ちなみに、私は以前、イノベーションのジレンマ理論と途上国開発の文脈で、「破壊的イノベーションにマッチするのはハイテクかローテクか?」という発表をGRIPSでしています)

また、リープフロッグとはキャッチアップからさらにもう一歩先をいくこと「追い越すこと」を意味していますが、その実例として、新興国のスーパーアプリ(GrabやGojeck、中国のウィーチャット、アリペイ、インドのPaytmなど)が取り上げられています。確かに先進国よりも先にスーパーアプリが浸透したのはなぜなのか?と個人的にも気なる点で、①小さな革新、②関連産業の未成熟、③競争維持、という理由の説明はなるほど・・・と思いました(とはいえ、新興国でスーパーアプリが誕生した理由は「いまだに明らかでないことが多い」とも書かれています)。

政策の観点では、自国企業を守るためにFacebookやGoogleなどのプラットフォーム企業のサービスを追い出した中国の政策と、自国で競争のルールや土台を作りつつもあとは自由にどうぞ的なインドを比較しています。また、中国やインドは人口が多いからなぁ・・・と思っていたら、小国のデジタル戦略についてもエストニアやルワンダを例に紹介がされていました。面白いと思ったのはアフリカでデジタル化が進んでいる国を、①国内市場を土壌としたベンチャーエコシステムを強みとする国(ナイジェリア、エジプト、ケニア)、②教育水準と技術力を強みとする国(南アフリカ、チュニジア)、③政府による積極的な規制緩和と支援を強みとする国(ルワンダ)、に類型化している点でした。なるほど感がありました。

最後は新興国が新たなデジタルサービスのサンドボックスとして機能する点や、そこからの横展開、リバースイノベーション的な展開についても言及があります。リバースイノベーション的な展開として、日本のPayPayに技術提供するのはインドのPaytmである、とか、二次元QRコード自体はデンソーが1994年に工場内の部品管理ツールとして開発した技術だが、それを決済に活用したのはアリババやテンセント、という事例は勉強になりました。

第4章 新興国リスクの虚実

第4章では、まず、新興国・途上国の限界として、どうしてもデジタルサービスの機関的技術とインフラ部分は先進国企業が展開する製品・サービスに頼らざるを得ない点が説明されています(他方、現地企業の強みはユーザーとの接点&サービス開発)。次にプログラマー人材不足に言及しています(2019年6月時点で人口100万人あたりのGit Hubユーザー数を比較すると、米国や北欧では2000人以上。他方、ブラジルは388人、ロシアは424人、中国は130人、インドは131人、南アが191人)。

そして、次に「デジタル化で雇用が減るのでは?」という点を扱っています。このテーマは個人的に興味があり面白かったです。特に、「将来的にアメリカの雇用のうちで47%が今後10年から20年の間に自動化されるリスクが高い」というオックスフォード大学のカール・フレイとマイケル・オズボーンによる2013年の論文については、耳にしたことがある人が多いと思います。私もこの論文の話は知っており、他方で「テクノロジーにより新しい仕事も生まれるので、雇用はそこまで減らない」という漠然とした理解をしていました。この章では、カール・フレイとマイケル・オズボーンの論文への反論も紹介されており、それは、カール・フレイとマイケル・オズボーンの論文では職種ごとに確立を推計しているものの、実際には特定の職種のなかでも、自動化されやすい業務とそうでない業務があることを考慮すると、「OECD諸国で平均して自動化されるリスクが高い職は全体の9%にとどまる」というもの。また、「機械化が進めば進むほど、労働者への需要が低下するために労働者の賃金が低下し、どこかの時点で機械を購入するよりも労働者を雇ったほうが、よりコスト効率が高まる」という説明もあり、この2つの点は、個人的に新たば発見でした。

また「デジタル化が生み出す仕事」を、①IT人材(プログラマーなど)、②デジタル・クリエイター(ユーチューバーなど)、③ラスト・ワンマイル人材(Uberのドライバーなど)、というように類型化をし、さらに、雇用のインフォーマル化という課題についても言及しています。

そしてこの章の最後は、プラットフォーム企業と財閥という、力のあるプレイヤーが競争を歪めないかという懸念に言及しています。

第4章、第5章では、それまでのポジティブ面にフォーカスした論調から、ネガティブ面への言及になっています。バランスとれてて良いなと思いました。

第5章 デジタル権威主義とポスト・トゥルース

第5章では中国に代表される「デジタル権威主義」の話になります。フリーダムハウスの調査によると「2019年データでは、世界のインターネット・ユーザーのうち、自由なアクセスを有しているのは全ユーザーの20%に過ぎない」という調査結果が紹介されており、ちょっと驚きました。とはいえ、短絡的に自由な国の方がデジタル経済が発展するのかと考えるのは間違いで、「政治的な自由が制限され、インターネット上の言論の自由が制限されても、経済社会のデジタル化が停滞するとは限らない」という点は忘れないようにしようと思いました。この1つの理由としては、権威的な国の方が国民データを集めるインセンティブがあり、かつ、企業に対してもデータの提供を強制するなどが容易にできるためという点が言及されています。

事例としてアリババのセサミ・クレジットが取り上げられており、監視されるけどそれによって治安が良くなったりするなら、それもありという考え方もありそうです。

章のタイトルにある「ポスト・トゥルース」という観点では、フェイクニュースの問題が取り上げられています。調査会社イプソスがインターネット・ソサエティー(ISOC)と国連貿易開発会議(UNCTAD)との協力のもとで、25カ国・地域のインターネット・ユーザーを対象とした「グローバル・インターネット安全・信用調査」の結果が掲載されており、それによると、調査対象者の65%がソーシャルメディアでフェイクニュースに遭遇した経験があり、先進国よりも新興国の方が深刻な数値になっています(先進国(G8)では56%、欧州では54%に対して、中東・アフリカでは78%、ラテンアメリカでは77%、ナイジェリアでは87%、インドネシアでは83%、ケニアでは81%)。

タイなど東南アジアを中心に、フェイクニュースを取り締まる法律が相次いで制定されているものの、「誰がどのようにフェイクニュースと認定するのか」という問題もあると指摘されています。

さらに、新興国の一部の地域では、ショッキングなタイトルに偽造した写真を添付したフェイクニュースでアクセス数をかせぎ広告収入を得るという「フェイクニュース製造村」があるという話も紹介されており、これも私は知らなかったので驚きでした。選挙活動を有利に進めるためのフェイクニュースのように、誰かの指示で作られるものではなく、このように作られるフェイクニュースもあるとは、フェイクニュース問題の解決はなかなか困難だと感じました。

また、米国政府が中国ファーフェイ製品の利用を制限したようにセキュリティーの課題はありつつも、新興国・途上国のデジタル・インフラ構築では中国製品が多様されていたり、「デジタル・シルクロード」戦略が展開されていたりなど、デジタル領域における中国の影響力に関しても言及されています。

最後に、「脆弱国家のデジタル化」の可能性とリスクが取り上げられており、ベネズエラでは不安定な自国通貨のかわりにビットコインが決済に多様された例(可能性)や、サイバーテロやフェイクニュースに加えて、ドローンなど安価で便利な技術がテロ活動に使われてしまうリスクについて懸念が示されています。

第6章 共創パートナーとしての日本へ

最終章では、「では日本はどうするべきか?」についての提言がなされていますが、まずはその前段として、工業化とデジタル化の戦略を比較しています。以下の表のような比較となっており、工業化と比較してデジタル化に必要な取り組みが異なっていることがよくわかります。この右側をこの本では「デジタル化の社会的能力」とよんでいます。

工業化のための仕組みデジタル化のための仕組み
人材・技能初等中等教育、職場での技術蓄積デジタルリテラシー、データサイエンスティスト教育、
起業家教育、リカレント(生涯)教育
インフラ水道・電力・ガス供給網、輸送インフラ(道路、鉄道、港湾)通信インフラ、クラウドサービス、電子個人認証制度、オープンAPI
金融中小企業金融、外国直接投資、大型プロジェクトへの政策金融ベンチャー投資、キャッシュレス決済等のための規制緩和
支援制度・政策脱輸入代替政策、輸出加工区(工業団地)、自由貿易協定、知財制度整備インキュベーション施設(アクセラレーター等)、サンドボックス制度、プライバシー・データ法制、ファクトチェック機関
出所:デジタル化する新興国 ー先進国を超えるか、監視社会の到来かー(伊藤亜聖著)p204「工業化戦略とデジタル化戦略の対比」

また、これまでの新興国、先進国という定義に、あらたに「デジタル新興国」というカテゴリを追加するという提案もなされています。

途中、コロナによってデジタル化がますます重要性を帯びたという話があり、最後に日本の取るべき方向性として、「好奇心と問題意識のアンテナを広げ、日本の技術や取り組みを活かす。同時に新興国に大いに学び、日本国内に還流させる。加えてデジタル化をめぐるルール作りには積極的に参画し、時に新興国のデジタル化に苦言を呈する。」というように提言をしています。

これだけ読むと抽象的ですが、本ではもっと具体的な内容が記載されていますので、関心のある方は、ぜひ読んでみてください。

まとめ

以上、私自身の勉強を兼ねて、感想を書いてみました。一言でいうと読んでよかった本でした。新興国のなかでも特に中国の事例が多かった印象です。中国のデジタル分野に関心のある方には特にオススメかと思います。

最後に、上記はあくまでも私個人の経験や考え方に基づいた感想ですので、この本の著者の主張や言いたいことと少しずれている部分もあるかと思います。もし参照する場合は、この本をご自身で読んでくださいね。

では、「日本語で読めるICT4D読書リスト(2024上半期)」2冊目の感想もご期待ください。

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