こんにちは、Kanot(狩野)です。拙著「バングラデシュIT人材がもたらす日本の地方創生」で採り上げたB-JETと呼ばれるJICAのバングラデシュ・IT人材向け日本語・IT研修プログラムのイマ(JICAプロジェクト終了後)を追う新連載を始めました。今回は第2弾から引き続き、研修の出口部分、つまり研修生の就職支援に向けた活動を追いかけます。
今回は、宮崎県以外の全国へのB-JET生の人材紹介・就職支援をするビジネスを展開しつつ、外国人デジタル人材を活用した地方活性化の活動もされている、グローバルギークス株式会社の明石康弘CEOにインタビューさせていただき、その内容をもとに記事を書いています。(宮崎市にける就職事情は第2回をご覧ください。)
まず、今回取材させていただいたグローバルギークス社の紹介ですが、同社はBJITグループの一社です。BJITグループは、バングラデシュでのオフショア開発の先駆者パイオニアであり、いまやバングラデシュ国内の最大手IT企業の一つです。(拙著でも日バのITビジネスの先駆者として、アクバル会長にインタビューさせていただきました。(第7章参照))
以下が目次になります。では、早速読んでいきましょう!
外国人デジタル人材のニーズ
地方活性化のために取り組むべき課題というと、DX、企業誘致、投資などがあるかと思いますが、これらに共通して必要となるものってなんでしょうか?
ICT技術、ICT設備、お金、税制、などなど色々ありますよね。その共通かつ不可欠な要素の一つに「デジタル人材」(本記事ではIT人材、ICT人材と同義)があります。いくら設備や税制を優遇して企業や投資を呼び込むデザインをしたところで、それを動かして実装していくデジタル人材がいないことには、まさしく絵に描いた餅になってしまいます。
しかし、日本の地方部ではどこもデジタル人材が不足している状況です。経済産業省も下図の通り、2030年には最大79万人のデジタル人材が不足するという試算を出しており、日本はデジタル人材確保という点では非常にピンチな状況です。
これまでB-JETの中心地として紹介してきた宮崎市も、まさに同様の悩みを抱えていました。リーマンショック以降に大都市からのコールセンターの誘致で成功をした宮崎市でしたが、コールセンターというのはどちらかというと労働集約型で低賃金であったため、より付加価値の高い業務にシフトをしたいと考えていました。しかし、技術を持った人材が東京や福岡に流出してしまうという現状があり、デジタル人材確保に関する悩みを抱えていたことが、行政がB-JETをサポートするモチベーションになっていました。
このような悩みを抱え、外国人材の採用に興味を持つ自治体はどのくらいあるのでしょうか?この点を、全国で外国人デジタル人材紹介のサービスを展開する明石さんに質問してみたところ、長野、札幌、鹿児島、徳島、そして東京などの都市が挙げられていました。
今回の記事では特に、BJITグループもその一員として地域活性化に取り組んでいる長野市の事例を紹介します。
BJITグループでは、NICOLLAP(長野ITコラボレーションプラットフォーム:通称ニコラップ)と呼ばれる長野をITバレーにしようという構想のメンバーとして活動しています。ニコラップは、長野県立大学の理事長でもある安藤国武氏(元 ソニー株式会社代表取締役社長)が主導した地方創生プロジェクトで、スタートアップを長野に呼び込んでのプラットフォーム化、山岳地帯などの地域を活用した実証実験の場、などとして長野市も応援してくれているプロジェクトだそうです。私も近く(といっても新幹線で一時間程度)に住んでいますので、そのうち見に行きたいと思った活動でした。
このように、さまざまな都市が外国人デジタル人材採用に興味を持っている一方、全ての都市ですんなりと外国人採用が導入・運用できているわけではありません。その理由について考えてみたところ、根本的なところとして文化の違い、言語の違いがあるため、そのあたりの心理的・言語的なハードルが一番大きいのかなと思っていたのですが、明石さんからは意外かつ本質的な答えが返ってきました。
それは、「地元での旗振り役の存在の有無が、成否を分ける大きな要素と感じている」ということでした。ここでいう旗振り役とは、知事や市長といった自治体トップではなく、アドバイザーのような外部専門家でもありません。それは、例えば、地域の商工会やITコンソーシアムのようなところで音頭を取っているような、地元で顔が利く方がいること、そしてそういう人が本気でデジタル人材採用のムーブメントを作っていくことが何より重要だとのことでした。
このように、地元のコミュニティを内部から動かしていき、周りを巻き込んでいける人の存在が、文化・言語を超えた人材獲得というややハードルの高い動きをしていく際には重要になると考えられます。確かに、宮崎市でいうと、教育情報サービス社の荻野社長の存在がそれにあたりますし、札幌のケースでも、北海道IT推進協会の会長(当時)がバングラデシュ人を採用したところから、人材採用の動きが広がっていったそうです。
バングラデシュ・デジタル人材の特徴
次に、グローバルギークス社が注力しているバングラデシュについてもお話を伺いました。オフショア開発やデジタル人材と聞くと、少し前だとインドと中国、最近だとベトナムなどの名前がよく聞こえていますが、この辺りの国の現状および、バングラデシュはどのような立ち位置にあたるのかも質問してみました。
もちろん、国で一括りにすることは難しく、人によって違う、企業によって違う、という大前提はありますが、無理を言って一般化していただきました。
まず、インドについては、ICT産業の急速な発展に伴ってコストがだいぶ高くなってきているようです。そして英語がほぼネイティブなため、欧米が主なマーケットとなり、主力クラスは英語圏に出てしまうそうです。また最近は、主力クラスが欧米からインドに戻って起業したりエンジニアをする状況(頭脳循環)も増えてきているようで、より欧米との結びつきが強くなってICT産業の発展が加速している状況のようです。
次に中国ですが、以前は日本語力を強みに日本マーケットに優秀なエンジニアが来ていた状況でしたが、コストも上がってきており、日本国内では以前ほどの存在感はないようです。逆に大きな変化として、中国の国内にユニコーン企業が乱立するような状況になってきており、優秀な人材がわざわざ国外に出ずに、国内で就職をするケースが増えてきているようです。
そして、私もJICA在籍時にIT人材育成プロジェクトを担当していたベトナムについては、やはり最近のICT業界の発展は著しく、日本語ができる人材も多いことから、日本で大きな存在感を出しているようです。
少し話はそれますが、ベトナムとのデジタル人材について私が感じていることを一点補足させてください。私はベトナムと日本はすごく相性がよいと感じています。比較的おとなしめな国民性が日本人の感覚に近いことに加え、日本語を学ぶインセンティブが高いので、優秀層が日本をビジネスパートナーに考えてくれます。
その主な理由は言語的なハードルで、フィリピンやインドという教育を英語で受けている近隣国(ビジネス上のライバル国)がある中で、欧米相手に英語で勝負するのはベトナム人にとっては分が悪いのが現状です。ですので、非英語圏で比較的経済規模が大きい国ということで、日本をパートナーに選ぶインセンティブが高いため、優秀層がターゲットにしてくれていると感じています。
話を戻しましょう。最後に我らが(私も駐在していた)バングラデシュについては、上記の3か国よりはコスト面ではまだ低い状況で、英語力も非常に高く、かつ人口・デジタル人材の卒業生も多いため、今後が期待できる国の一つであることは間違いないようです。
駐在していた私の色眼鏡も入ってはいますが、バングラデシュ人はとても人懐っこい性格で、出張などで来た方の多くがファンになって帰っていく国です。拙著でバングラデシュ出張時にエンジニアを気に入ってしまいその場で採用を決めたKJS社の荻野社長からは「この人たちの性格は、実は宮崎の風土に合うんじゃないかという思いを持っており、こういう人たちと一緒に仕事をしたいと思った」といった発言も出ていました。(拙著の第5章から引用)
バングラデシュとコストや技術力での競合を考えるとどの辺りの国になるのだろうか?という質問には、アジアだとカンボジアやネパール、他地域では、(主要マーケットは欧米ですが)ケニアやナイジェリア辺りが該当するのではないかということでした。
業務内容の差と抱えるジレンマ
インタビューを進める中で私が気になってきたのは、デジタル人材に求められる業務内容やレベルというのは、都市部と地方部などで差があるのだろうかという点でした。
この点については、もし地方部が都市部より技術レベルについても劣るようであれば、地方部から都市部への人材流出は押さえるのが難しいだろうなと思っていたため、明石さんに質問してみました。
その回答としては、都市部と地方部といった地理的な差によって求められるスキルや内容が変わるということは感じていないとのことでした。
それはよかったな、と私も一安心をしたのも束の間、「しかし・・・」と明石さんは話を続けます。
「地方・都市といった地理的な差よりも、ユーザ企業で働くか受託開発で働くかという点が、大きな差として存在している」とのことでした。この点は、私もICTエンジニアだったころを思い出して「なるほど」と思ったのですが、ピンとこない方向けに簡単に補足をします。
まず、ユーザ企業ではサービス開発の企画や設計といった上流工程を主に行い、受託開発企業ではそのサービスを実装するといった下流工程を主な業務としています。同じICTサービス・システム開発の業務ではあるのですが、どうしても企画などの上流工程の方が「自分の作りたいものを作っている」感は出やすくなってしまいます。すごく極端に例えるなら、iPhoneを企画・デザインする部門の方が、iPhoneを工場で製造する部門よりも、「自分のプロダクトだ!」と言いやすく感じてしまうという感じでしょうか。
この仮定が事実だとすると、日本国内のICT産業で一番「自分のプロダクトだ!」と言いやすい仕事というのは、ユーザ数も多く広告もバンバン打てる東京の大手企業ということになってしまいます。これはバングラデシュ人に限った話ではないですが、この差によって、ユーザ企業側に移ってしまうケースは一定数あり、受託開発をする企業としては悩ましいところであろうと思います。
この話を聞いていて「確かにそうだよなぁ。自分も受託側の時にユーザ側が羨ましく見えたことがあったな・・」と私が昔を思い返していた時に、「あっ、グローバルギークス社の親会社であるBJIT社はまさに受託開発に強みを持つ企業では!?」と気が付き、その点どう感じているのかについて明石さんに率直に聞いてみました。
その回答としては、確かにそのような事象(受託開発企業からユーザ企業への転職)は発生しているそうです。ただし、その状況を変えていくために、社内のキャリアパスを整備することなどを考えているとのことでした。また、逆転の発想で、人材を輩出する企業としての立ち位置を作っていくというアイディアについても触れていました。
これはリクルートがいい例ですが、社員が独立し、新しいビジネスをリクルートとも連携しながら立ち上げることでWin-Winな関係を築く。そんな会社になるのも面白いと語っていました。
日本企業のマインドセット
「日本人の労働者が足りないために外国人労働者を雇用する」というストーリーを語る時に必ず出てくる議論が、技能実習生などで問題になっている「安い労働力」として扱われるケースです。
実際に人材紹介・派遣をする立場として、このような考え方をする経営者の有無について質問したところ、やはり受け入れ企業の考え方が、定着率に大きな影響を与えていると感じているようです。
例えば、外国人デジタル人材を雇うことで、安い労働力を確保したいと考える企業では、人材の定着がうまくいっていないケースが多いようです。例えばですが、彼らは日本語ネイティブではないので、当然日本語による説明・表現・コミュニケーション力は日本人より劣ります。これを「日本語があまり得意ではないが、安い労働力なので採用しよう」といったマインドであると、エンジニアの得意とする技術力も生かせないし、本人もやりがいを感じられない単純業務などになってしまい、孤独感を感じて辞めてしまうケースも多いようです。
一方、優秀な技術者というマインドで雇用している会社では比較的人材の定着度が高い印象だとのことです。また、これまでインドやベトナムなどから採用経験のある企業の方が、優秀な技術者として受け入れるマインドができていることが多いという印象があるようです。
また、日本側とバングラデシュ側のマインドセットの差として他に挙げられていたのは、新卒のようなポテンシャル採用か、中途採用のような即戦力採用かという差です。もちろん会社ごとの差は大きいですが、一般的には東京のICT企業は中途採用の感覚で採用しようとするケースが多く、地方のICT企業は新卒採用の感覚で採用しようとする点が多いようです。
実はバングラデシュではポテンシャル採用といった曖昧な採用基準の言葉はなく「10年かけて一人前に」という感覚はあまりありません。キャリアは自分で作っていくものだという感覚が強いです。ですので、彼らの感覚的には即戦力として雇われる中途採用の方が、求められる技術や役割も明確でわかりやすいです。
一方、新卒採用の感覚で、面接でも具体的な技術力はあまり聞かれずに人間面だとを見られて採用された場合などには「自分のスキルを見て採用を決めてくれているのだろうか?」と疑問を感じることになります。日本に関しても、ひと昔前のように「日本で働いてみたい!」という憧れをもって日本を目指すよりは、海外を経験するというキャリア形成の一つとして、といった現実的な理由で日本を目指すケースも増えてきていると感じます。
将来像
最後に、グローバルギークス社の目指す未来について質問をしてみました。
まずは、社としての未来像ですが、日本の企業がバングラデシュと繋がり、アウトソーシングの検討や現地法人を設立するなど、日本企業が「グローバル化」するモデルを広げていきたいようです。具体的には、高度外国人材の受入、定着支援、現地法人の設立、採用支援などを通じて日本企業として事業展開をサポートしていくそうです。特に重要なのがB-JETの卒業生の様な高度外国人材の存在であり、彼らが日本企業のグローバル化の中心として活躍することを期待しているとのことでした。
今後さらに、全国の企業や自治体、大学など繋がりを強化し、経済を活性化を目的とした地方創生プロジェクト(B-JETエリアパートナープロジェクト)を立ち上げ、それにより日本の高度IT人材不足の改善と、現地の雇用機会の創出を目指していくようです。日本だけではなくバングラデシュ国内の内需の拡大により、両国を豊かにして行きたいという想いを感じました。
また、もう少しマクロな視点での未来像としては、 日本全国にバングラデシュの優秀な人が就職していくと、5年、10年後には会社のICTビジネスを任せられる人材が少しずつ出てくることが期待されます。それらの人材は、英語も当然できるので海外ビジネスをリードする形で日本企業からの(バングラデシュを中心に)海外投資も増えていくはずです。そして、それらの人材がバングラデシュとビジネスをすることで、バングラデシュにとって一時的には知的人材の流出に見えても、長期的にはバングラデシュにもリターンがある形になることを期待している、とのことでした。
おわりに
日本とバングラデシュの文化の差異が色々と見えてきたインタビューでしたが、そこを解消していくアプローチとして大きく分けると、日本側がバングラデシュ人の考え方や英語を理解する、もしくは、バングラデシュ人が日本的経営や日本語を理解する、の2択が主なアプローチだと思います。
このうちB-JETが進めているのは後者です。バングラデシュのデジタル人材に日本語や日本のビジネスを教えて、日本で働いてもらうというものです。一方、このアプローチには限界もあると思います。その最たるものは人材マーケットの狭さです。
例えば、バングラデシュの例だと、毎年1万人以上のデジタル人材の卵が大学を卒業しています。そのうち、B-JETなどで日本を知って日本語に興味をもってくれる人は、せいぜい1%。残りの99%は英語やベンガル語を使える業務に流れてしまいます。
もちろん言語の壁が大きいのは理解していますが、その壁をなくして「ICTエンジニアは英語でどうにかなるよね」と日本の経営者がマインドを変えるだけで、採用マーケットが一気に100倍にまで広がるということは「人が足りない足りない」と嘆く前に考えなくてはいけないことだと思います。
さて、長文になりましたが、ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。次回は誰にインタビューしようかな・・・。お楽しみに!
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